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2022.5.19

【守り伝える 現場から】「彩色」技術…世界文化遺産「日光の社寺」よみがえる造形美

透塀の彩色を担当した日光社寺文化財保存会の手塚茂幸さん(栃木県日光市で)=米田育広撮影

徳川家康の霊廟れいびょう・東照宮(栃木県日光市)には、8棟の国宝、43棟の重要文化財の指定を受けた建造物が集中する。江戸時代の工芸・装飾技術の粋が集められた建物群は、山あいの霊地の厳かな雰囲気と調和し、日光ならではの景観を醸し出す。

境内を歩くと、修理のために囲いで覆われた建物がぽつぽつと見られる。その一つ「下神庫しもじんこ」の修理現場を案内してもらった。

江戸前期頃に建てられ、金箔が施された麒麟きりんの彫刻、妻羽目板に描かれた牡丹唐草図の極彩色の文様の豪快さに圧倒される。ただ、長年の風雨で塗装の剥落や金具の劣化が目立っていた。

修理を待つ下神庫の外壁

修理には日光社寺文化財保存会が誇る「彩色」の技術が欠かせない。岩群青ぐんじょう、岩緑青ろくしょうなど天然の鉱物を砕いた顔料ににかわを混ぜ合わせて絵の具を作る。

文様などを絵の具で厚く盛り上げる置上おきあげ彩色という技法も特徴だ。力強い造形美を作る工夫が随所にあり、修理でよみがえらせる。

伝統の技と材料  「伝統的な材料を使わなければ、伝統的な技術が失われてしまう」

動物の皮や骨から作る膠は近年、専門業者の廃業などで調達が危ぶまれている。顔料も合成品が主流となり、天然鉱物の原石も少なくなりつつあるという。「伝統的な材料を使わなければ、伝統的な技術が失われてしまう」。彩色主任技能士の手塚茂幸さんが古来の手法・材料にこだわる理由を教えてくれた。

銅板葺屋根の瓦当(がとう)には金箔の葵紋が施されている
修復前下神庫の屋根

「漆塗」では国産漆を年間約100キロ使用する。壁などの修復作業は劣化した漆塗膜を落とし、漆下地を付け、最後に色漆を3回塗り重ねるなど、仕上げまでに約40工程に及ぶ。強度が必要な箇所には漆で麻布を貼り付ける。「日光の文化財建造物は、主に黒・赤・朱色の漆と金箔で仕上げられ、彫刻や彩色の下地にも漆が使われることで強度と美しさを保っている」と漆塗主任技能士の廣田浩一さん。

国宝の唐門から左右に延びて社殿を囲む透塀すきべい(約160メートル)は繊細な植物・鳥類の彫刻が施される。昨年度は北面の修理が完了、今年度は西面の彩色に取りかかる。壮麗な塀の全体が美しくよみがえる姿が待ち遠しい。

鮮やかな彩色がよみがえった透塀長押(なげし)

世界遺産・日光の社寺を守るこれらの技術は2020年、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。主任技師の高橋俊雄さんは「修理の積み重ねが日光の歴史になる。江戸時代から続いていたことを続けていくだけ」。静かに決意をにじませた。(文化部・多可政史)

【公益財団法人 日光社寺文化財保存会】世界文化遺産「日光の社寺」を構成する二荒山神社、東照宮、輪王寺の文化財保存を目的に1950年に前身の団体が設立された。「建造物彩色」「建造物漆塗」の技法は国の選定保存技術に認定されている。

(2022年5月1日付 読売新聞朝刊より)

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