沖縄県が今年(2022年)、復帰50年を迎えるのを記念し、琉球列島の先史文化から現在、そして未来(琉球文化の復興と継承)を、アジア諸国との交流を視座に琉球の歴史と文化を、これまでにない規模で紹介する展覧会が、東京・上野の東京国立博物館で開催されています(九州国立博物館へも巡回)。
琉球・沖縄と聞いて、まず真っ先に頭に思い浮かべるのは何でしょう。ちんすこうに黒糖、ゴーヤ、海ブドウと、おいしそうな食べ物ばかりが浮かんできますが、特別展「琉球」では何と言っても、13世紀頃に誕生したとされる「紅型」に注目しましょう。
紅型とは、沖縄に伝わる伝統的な染色のことで、着物や帯などに幅広く用いられています。中でも琉球を長く治めた王権、尚家に伝わる紅型は、王国の栄華を今の世に伝える大変貴重なもので、国宝にも指定されています。中でも、目にも鮮やかな黄色がまぶしい国宝「黄色地鳳凰蝙蝠宝尽青海波立波文様紅型綾袷衣裳」(5月17日~29日展示)に代表される、琉球国王尚家の人々が着用した紅型は、まさに一級の芸術品と呼べるでしょう。
ちなみに、黄色地や、大きな模様が施された紅型は王族のみ着用が許されたものでした。また、琉球の衣装は和装と同じように見えますが、年間を通して蒸し暑い気候にふさわしい形状をしています。着装方法も違い、バリエーションも豊かです。展示室では、大きなパネルで写真を添え、丁寧に説明されています。
紅型という呼び名が示す通り、「型紙」を用いて独自の意匠を全体に染めています。その紅型の命とも言える型紙も数点、衣装と並べて展示されており、大きな見どころのひとつとなっています。デザインは中国由来のもの(龍や鳳凰)や、日本から伝わったもの(雪輪や菖蒲)などを取り入れた琉球の多様性を象徴するものとなっています。
最初の展示室には、1458年に製造された重要文化財「銅鐘 旧首里城正殿鐘(万国津梁の鐘)」が、どんと腰を据えています。どこのお寺にもあるような銅鐘に見えますが、琉球がアジアの架け橋であったことを示す銘文が刻まれている、とても重要な鐘なのです。
第一尚氏の国王、尚泰久の命で鋳造されたこの銅鐘には、以下のような銘文 (一部)が刻まれています。
流球国は南海の勝地にして、三韓(朝鮮)の秀を鍾め、大明(中国)を以て輔車となし、日域(日本)を以て唇歯となす。此の二中間に在りて湧出する蓬茉嶋也。舟楫を以て万国の津梁となし、異産至宝は十方刹に充満し、地霊人物は遠く和夏の仁風を扇ぐ。
これは、琉球王国が貿易船を日本、中国、朝鮮などに出し、まさにアジアの架け橋、つまり「万国津梁」として繁栄を極めたことを表しています。紅型のデザインもこうした交易によりもたらされたもので、古くからの琉球の多様性を物語る、これまた貴重な資料と言えます。
会場では、銘文全体の本文(漢文)と意訳がそれぞれ掲出されており、それを読むだけでも、琉球王国の繁栄ぶりと豊かさを感じ取ることができるでしょう。鐘を見てこれだけ心を動かされたのは、初めてのことでした。
一部の国や地域を除き、男性が権力の座につき、政や祭祀を執り行ってきましたが、琉球では古くから、女性が祭祀を司ってきました。村の公的祭祀を司る「ノロ」や霊的なことを示唆する「ユタ」など、特別な立場にある女性(巫女)が広く活躍しました。琉球で信じられてきたこのような女性の霊力を「おなり神信仰」と呼びます。
個人的には、 島独自の風土と自然が生み出した暮らしや祈りを紹介する「第4章 しまの人びとと祈り」が一番見ていただきたいセクションです。民俗学的な視点は、琉球・沖縄を理解する上で、今後も欠くことのできない重要な視点となるはずです。なお、女が男を守る「おなり神信仰」については、柳田國男もその著書「妹の力」で触れています。
琉球の文化は諸外国との積極的な交流だけでなく、女性の地位についても、現代の我々の目にはとても新鮮で、驚きを与えてくれます。特別展「琉球」はこのように、美しい島の美術品を単に紹介するものではありません。琉球の歴史から信仰まで、普段の旅行では知ることができない真の姿を俯瞰できる内容となっています。
本展の音声ガイドのナレーターは、NHKの連続テレビ小説「ちむどんどん」に出演中の女優、仲間由紀恵さんが務めています。仲間さん自身も沖縄県浦添市出身ですので、沖縄愛あふれるナレーションとなっています。
(写真は中村剛士さん提供)
プロフィール
ライター、ブロガー
中村剛士
15年以上にわたりブログ「青い日記帳」にてアートを身近に感じてもらえるよう毎日様々な観点から情報を発信し続けている。ウェブや紙面でのコラムや講演会なども行っている。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』『失われたアートの謎を解く』(以上、筑摩書房)、『カフェのある美術館』(世界文化社)、『美術展の手帖』(小学館)、『フェルメール会議』(双葉社)など。 http://bluediary2.jugem.jp/
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