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2020.3.18

【伝統芸能展の舞台裏】ノコギリを持った桐竹勘十郎さんが立っていた 技芸員が作る文楽展示

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、特別展「体感! 日本の伝統芸能」(5月24日まで)は開幕が延期されているが、会場の東京国立博物館表慶館では、着々と展示準備が進んでいる。ユネスコ無形文化遺産に登録された歌舞伎、文楽、能楽、雅楽、組踊の五つの芸能の舞台などが再現され、伝統芸能の世界を「体感」できる画期的な展覧会。中でも3、4室の文楽コーナーは、技芸員自らが展示する人形や小道具をあつらえていると聞き、準備中の現場を訪れた。

実演しながらマネキン作り

「足の開き、こんなもんかな」「兄さん、こうちゃいますか」

文楽の展示が行われる3室の一角から、人形遣いの吉田簑一郎みのいちろうさんと桐竹勘介さんの声が聞こえてきた。その横では、桐竹勘十郎さんが黙々と人形を……ではなく、ノコギリで木の棒を切っている。「人形遣いさん自ら、展示用のマネキンを作っているんです。三人遣いの様子がよくわかりますよ」と展覧会を担当する日本芸術文化振興会理事の櫻井弘さんが教えてくれた。

ものすごいスピードで木を切る勘十郎さん

三人遣いは、一体の人形を三人で持つ文楽ならではの人形操作法。マネキンが再現するのは、名作「義経千本桜」の「道行初音旅みちゆきはつねのたび」の一コマで、源義経の家来・佐藤忠信(実はきつね忠信)が格好良く見得みえを切るシーン。舞台と同じ衣裳を着た忠信の人形を3人の人形遣いに模した3体のマネキンで持てるように、マネキンの腕や足、腰などに木の棒やワイヤをくくりつけて固定し、人形遣いの体勢を再現している。

簑一郎さんと勘介さん、 桐竹勘昇さんらが調整していたのは、人形の足の動きを担当する「足遣い」の姿勢。二人で何度も足遣いのポーズを実際にとって、数センチ単位で誤差を修正していた。

エアギター……ではなく、足遣いの姿勢を確認する勘介さん、 簑一郎 さん、 勘昇さん(左から)。奥は勘十郎さん

普段、舞台上の足遣いの様子は「手摺てすり」と呼ばれる板に遮られ、客席からは見づらい。できあがったマネキンは、足を大きく開き、背を反らせており、想像以上に大変そうな姿勢だ。

一方、勘十郎さんは人形のかしらを扱う「主遣い」役のマネキンが持っている忠信の造形を丁寧に仕上げていた。電動ドリルから縫い針まで華麗に使いこなし、「ここ、もっと膨らませたほうがきれいやな」と言いながら、衣裳の膨らみや袖からわずかに見える人形の手の形を細かく作り込んでいく。マネキンに掲げられていた人形が、手を上げ、足をひねり、徐々に武士の躍動感を帯び始める。「人形から人間になっていきますね。格好いいですね」と櫻井さんも興奮気味だった。

手の角度を微調整中
4人がかりでマネキンを組み立てる
太夫と三味線の姿勢の違い

人形遣いのマネキンの近くには、太夫たゆうと三味線弾きが演奏する「ゆか」の様子もマネキンで再現されている。声が良く出るよう、つま先を立てて座る太夫と、足の間に尻を落とし、太ももを水平にして楽器を安定させる三味線弾きの座り方の違いが一目瞭然だ。

展示を整えていたのは、三味線の鶴澤燕三えんざさん。「マネキンが持つ三味線は、実は簑一郎さんが作ったレプリカなんですよ」と言われて、その精巧さに驚いた。マネキンの隣にある展示ケース内の本物とぜひ見比べていただきたい。

床のマネキンの袴(はかま)を整える燕三さん

その展示ケースには、昭和の名人・豊竹山城少掾やましろのしょうじょうが使用していた、床本ゆかほん(台本のこと)を置く「見台けんだい(国立文楽劇場蔵)」と、燕三さん私物の三味線が置かれている。「さおの部分をよく見ていただくと、縦に線が入っている。三味線は三つに分けて持ち運べるんです。これは私が文楽に入門して間もない頃に購入して、今も舞台で使っている三味線です」と燕三さんが教えてくれた。

三味線は16世紀ごろに琉球(沖縄)から伝えられた三線さんしんがもとになって作られた日本の楽器だ。「当時、胴には蛇の皮が張られていましたが、日本には大きな蛇がいなかったから、猫と犬の皮が使われたそうです」。展示されている三味線は、表は猫、裏は犬の皮が張られている。分厚いばちは象牙製、弦は絹糸だ。

「爪で押さえて演奏するので、最初の頃は指が切れて弦が真っ赤になるんです。爪がボロボロなのはこの仕事ならではですね。三味線は楽器に自分を合わせないとあかんのです」と燕三さん。「初めて文楽に行かれると人形をご覧になると思いますが、展示をきっかけに太夫と三味線のことも興味を持っていただきたいです」と話していた。

3室にはほかにも、人形の首や衣裳、小道具なども並ぶ。この日も文楽劇場の衣裳や床山などの担当者らが入念に展示を整えていた。

床山さんはドライヤーも持ち込み、人形の髪を現場でも丁寧に結い直していた。よく見ると、珍しい首も並ぶ
人形サイズとはいえ、豪華な衣裳
舞台の中を自由に歩き回って

文楽の展示は隣の4室へと続く。ここでは、「本朝廿四孝ほんちょうにじゅうしこう 奥庭狐火きつねびの段」の舞台が再現されている。武家の姫君・八重垣姫が、家宝のかぶとへ祈ると、神の使いの白狐が現れ、その霊力が姫に乗り移り、凍った湖を渡って許嫁いいなずけの元へ駆けつける幻想的な場面。ここの人形展示も、「女方で一番大好きなのが八重垣姫、動物では狐が好き」と話す勘十郎さんが手がけ、八重垣姫の人形が持つ小道具も勘十郎さんが自ら手作りしたという、気合の入りようだ。

この日、人形はまだ準備中だったが、舞台の中へ実際に足を踏み入れると人形サイズの床の間や扉が迫り、ミニチュアの世界へ迷い込んだようで楽しい。「手摺や船底といった文楽ならではの舞台機構や仕掛け、大道具も間近で見ることができます」と、国立文楽劇場調査資料係の北村初美さんは話す。同劇場よりはやや小ぶりながら、十分に上演できる大きさの舞台という。

舞台の両端に掲げられた幕も来場者が自由に開け閉めできるそうだ。実際に引くと、チャリンと音が鳴った。北村さんは、「よく見ると、幕の真ん中に穴が開いているでしょう。舞台の様子を幕を開けずに見られるようになっています。舞台を疑似体験いただき、文楽を少しでも身近に感じていただきたいです」と話していた。

一人遣いの「ツメ人形」は、すでにスタンバイ

会場は2階に渡る全8室。1・2室が歌舞伎、3・4室が文楽、5・6室が能楽、7室が組踊、8室が雅楽の展示となっている。実演家によるデモンストレーションやトークも予定されている。詳しくは公式サイトへ

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

 

※おことわり:新型コロナウイルス感染拡大防止のため、 展示や体験の内容が取材時より変更になる可能性があります

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