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2020.11.20

【音月桂の和文化ことはじめvol.6】墨一色の真剣勝負…水墨画で芸術の秋を満喫

あれほど続いた猛暑から一気に涼しくなり、秋も本番ですね。今回の「和文化ことはじめ」のテーマは水墨画。音月桂さんと一緒に、芸術の秋を満喫しましょう。

音月さん、実は、コロナ禍のステイホーム期間中にペン習字を習っていたそう。「母が達筆なのがうらやましくて、筆ペンで字を書く練習をしていました。でも、絵を描いたことはありません!」と予防線を張りつつ、とてもうれしそう。水墨画の世界を案内してくれるのは、「紡ぐ TSUMUGU Japan Art & Culture」の連載「大人の教養 日本美術の時間」のライターとしてもおなじみの水墨画家の鮫島圭代さんです。

水墨画のルーツはお坊さん

水墨画は、その名の通り、水と墨だけを用いて描きます。一見シンプルなのに、奥深い芸術です。教室内には鮫島さんが手がけた虎図や雪山の掛け軸、モダンな屏風も並び、ファッションショーの中で着物に直接描くパフォーマンスの写真も見せてもらいました。「水墨画というと教科書に載っている作品のイメージでしたが、色々な表現方法があるんですね。すごくかっこいい」と音月さんも感激します。

その歴史をたどると、仏教に行き着きます。鮫島さんによると、平安時代、中国で密教の修行を積んだ僧が墨で描いた仏画を日本に持ち帰ったのが、日本の水墨画のルーツのひとつといいます。鎌倉時代には、禅宗の教えを説くために僧侶がお話を絵で描き、様々な画題が伝わりました。剣豪として知られる宮本武蔵も、優れた水墨画を残しています。

「前回の華道も仏教がルーツだと伺いましたが、水墨画も絵で教えを伝えるためだったんですね。お坊さんは留学をするなど、最先端の文化人でもあったとうかがい、納得しました」。日本文化の歴史とつながりを知り、学びが広がります。

水墨画の技法、さまざま

水墨画で使う墨は、大きく分けて、菜種油などの植物性油脂を燃やした煤(すす)で作る「茶墨(ちゃぼく)」と、松の木を燃やした煤で作る「青墨(せいぼく)」の2種類があります。筆は竹の軸に、鹿や馬などの動物の毛を用いて作られており、硯(すずり)は石、和紙は植物からと、「画材はすべて自然由来なんですよ」と鮫島さん。

墨は水で薄めるなどして、濃墨、中墨、薄墨の3種類の濃さを作り、濃淡を表現します。筆の持ち方は、筆を立てて穂先で描く「直筆」と、筆を寝かせて筆の側面を使う「側筆」があり、墨の「にじみ」や「かすれ」、線の太さや筆圧、そして筆の勢いも重要な表現手法だそうです。

鮫島さんは、「ほかのアートと違い、エネルギー(気)で描く感じでしょうか。遠景の山は薄くにじませ、手前の木は強くかすれるように――など手法を組み合わせると絵が立体的になります」と説明してくれました。

さっそく梅を描いてみましょう

座学で基本を学んだ後は、早速実践に入ります。最初のトライは手軽に、筆ペンを使って「梅」を描く練習です。

鮫島さんが、いくつもの梅の絵をスクリーンに投影します。「桜と違い、梅は枝から直接花が出ます。丸い花びらが5枚。おおむね、枝の根元の方から枝先へと順に花が咲いていきます」

絵を描くためには観察がとても大切だ、と鮫島さんは説明します。竜を描いた時に、古い絵を観察して技法を考え、構想を練るだけで1年もかかったことがあるそう。その話を聞いて、音月さんも写真をじっくりと眺めます。「梅はこんなに密に咲いているんですね。今まではきれいだなという感想だけで終わっていましたが、桜とはずいぶん違うんだと気づきました」

鮫島さんのお手本を参考に、まずは花の練習から。穂先を使い、満開、八分咲き、つぼみの3種類を描きます。

筆ペンの持ち方を教えてもらう音月さん

梅の枝は、筆ペンを寝かせて太く描きます。ここでは「かすれ」の技法を使い、味わい深く仕上げます。「うまく枝がかすれない」と悔しがる音月さん、練習用紙に何度も繰り返しました。本番では一発で描き上げ、筆を持ったまま思わずガッツポーズ。見事完成して、この笑顔。

いよいよ本番の水墨画

「はじめてなのに、本当にお上手です。では、これから水墨画に取りかかりますよ」と鮫島さんに言われて、「これからが本番ですね」と気を引き締める音月さん。画題は「松」。鮫島さんのお手本を見て、「めちゃくちゃレベルが高くないですか……」とあぜんとする音月さんを、「大丈夫、大丈夫」と鮫島さんが励まします。

先生のお手本をにこやかに見ていたら、「これを書いて下さい」と言われ……

墨と筆を使うため、硯で墨をすることからスタート。鮫島さんが用意してくれた青墨からは、良い香りがします。

「墨をするのは、気持ちがいいものですね。精神統一ができそうです。お仕事で筆を使っても墨汁を使うことが多いので、墨をするなんて学生時代以来かもしれません」と、音月さんも丁寧に墨を動かします。

すった墨に水を少しずつ混ぜて、濃墨、中墨、薄墨の3種類の色を作ります。「もう少し薄くしようかな」と、水量を調節する音月さん。「自分なりの濃さを作っていく過程も楽しいですね。宝塚歌劇団で日本物のお芝居をする時は、歌舞伎役者さんと同じようにシャベ(練りおしろい)を水に溶いて使っていたことを思い出します。あの時も自分に合うように、水量を調節しながら作っていきました」

墨の濃淡にかすれ、ぼかしと技法を駆使

続いて、描く前に松の写真をじっくりと観察します。「松の幹は太く、力強いので、大胆に筆を動かしましょう。古木になると、ウロコのような模様が樹皮につくのも特徴です。松葉は先端まで力強く、また、1か所からではなく、少しずつずれて伸びています」と鮫島さんがポイントを解説してくれます。

最初に、絵の中で土台となる太い幹を描きます。筆の側面に中墨を、穂先に濃墨をつけ、筆を寝かせて紙に滑らせると、美しいグラデーションの太い線が浮かび上がります。「音月さんも「きれい!」と目を輝かし、濃淡がより鮮明になるよう、繰り返し練習しました。

何度も何度も練習する音月さん

上向きに曲がった枝は、筆を大胆に走らせ、かすれた表現で描きます。「勢いが必要ですね」と練習を重ねます。松葉は細い線を重ねて表現します。「全体の構造を考えて、どこにボリュームを出すと良いか、考えてみましょう」。太い幹の上に、大きな松葉を、枝先は小ぶりのものを集めることにしました。手前の線(葉)を濃く描き、奥行きを出します。

いよいよ完成!

鮫島さんから「手首ではなく、腕から動かして」とアドバイスを受け、音月さんが、その通りにすると「本当だ、強い線が描けますね」とみるみる成果が表れます。

松葉の上に薄い濃淡をのせて奥行きを出し、最後に名前を書いてできあがり。漢字かローマ字で迷った末に「桂」ときれいに書けて、完成です。

「絵には正解がなく、自分の想像の赴くままに作るのは楽しいですね。水墨画は特に、色でごまかせない分、一発で勝負が決まる。舞台に似ている気がします」と音月さん。一発勝負とはいえ、短時間のレッスンの間にも音月さんは何度も練習を繰り返し、懸命に取り組んでいました。

鮫島さんは、「今回は初心者の方には、ややハードルの高い内容でしたが、音月さんはのみ込みが早く練習熱心なので、とても美しく仕上がりました。ぜひ自宅に飾ったり、年賀状にしたり……水墨画を身近に感じてもらえればうれしいです」と話していました。

<水墨画ことはじめ>歴史や技法 楽しみ方も奥深く

私の家族は、お誕生日や何かの行事があると、必ずカードを送り合う習慣があります。母はいつも筆ペンで書いてくれて、父も姉も字がうまく、私も自分らしい字を書きたいと、春からの自粛期間に独学で筆ペンの練習をしていました。でも、その筆で絵を描くことは想像していませんでしたし、水墨画と聞くと、初心者には難しい、挑戦しづらいものというイメージが正直ありました。

ところが、実際にやってみると「楽しい」の一言。描くまでにも、墨をすったり、香りを楽しんだり……墨の濃淡と筆の使い方だけで、あれほど多彩な味わいを出せることも驚きました。先生が描かれた虎の絵は、白と黒の世界で描かれているのに表情豊かで動きもあり、感動しました。

前回学んだ華道もそうでしたが、一発勝負で迷いなく描くことの大切さも実感しました。先生は絵を描く時の精神状態を、「ゾーンに入る」という表現をされていました。集中力を一気に高めるのは、お芝居でも重要なことで、芸事にはどこかに共通したものがあるのだなと感じます。それにプラスして、構想だけで1年もかけるという忍耐力、大きなキャンバスに絵を描く体力も必要なんですね。

今日は水墨画の歴史や技法を知ることができ、その世界の奥深さを感じました。今後、展覧会で水墨画を見る機会があれば、ただ素敵だなと鑑賞するだけでなく、この絵はどういうことを表したいのか、どういうふうに描いたのかを想像して楽しみたいと思います。今日描いた絵は、年賀状にしようかな……。

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音月桂

プロフィール

女優

音月桂

1996年宝塚音楽学校入学。98年宝塚歌劇団に第84期生として入団。宙組公演「シトラスの風」で初舞台を踏み、雪組に配属される。入団3年目で新人公演の主演に抜擢されて以来、雪組若手スターとして着実にキャリアを積む。2010年、雪組トップスターに就任。華やかな容姿に加え、歌、ダンス、芝居と三拍子揃った実力派トップスターと称される。12年12月、「JIN-仁/GOLD SPARK!」で惜しまれながら退団。現在は女優として、ドラマ、映画、舞台などに出演している。

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