日本独自の手漉き和紙の技は世界でも高く評価されながら、後継者不足と原材料の調達に不安を抱えている。伝統を守る技術者を支援するため、文化庁、自治体などは新たな施策を打ち出して少しずつ将来への道を開きつつある。父娘で技術を伝える奈良県吉野町の「宇陀紙」。後継者の育成に早くから取り組みながら販路を広げる島根県浜田市の「石州和紙」。和紙の産地は2月から本格的な生産シーズンに入った。貴重な文化財を守り伝える修理を支えようと、使命感を持って継承に取り組む技術者と原材料の生産、確保の現状を産地から紹介する。
北海道標津町は2021年から文化財の修理に使う宇陀紙の原材料となるノリウツギの採取と栽培を始めた。22年には採取した樹皮を、宇陀紙生産者の奈良県吉野町の福西正行さんに初めて供給した。
ノリウツギはアジサイ科の落葉低木。花が咲く7~8月に採取される樹皮の内側から抽出するネリが、和紙を漉くときに使う水にとろみをつけ、楮の繊維を均一に分散させる効果があり、宇陀紙の製作に欠かせない。
国内に広く自生し、なかでも北海道産のノリウツギのネリは和紙職人から高く評価されてきた。近年は開発による自生地の消失、樹皮を採取する人材の不足、エゾシカの食害などで安定的な確保が困難な状況にある。
標津町は、同町森林組合で臨時職員を雇い、町内に自生するノリウツギから樹皮の採取を進めるとともに、遊休農地などで試験栽培に着手した。これまでノリウツギを栽培した経験がないため、文化庁、和紙職人、林業試験場などと連携し天然物から栽培物へ切り替えを進めている。22年に出荷したのは約140キロ、23年は約210キロとなった。福西さんは「当面のノリウツギは確保できた。たいへんありがたい」と話す。
同町農林課は「今では多くの町民の間に、ノリウツギと和紙のつながりが浸透してきた。標津町の新たな特産品となるよう文化、環境、教育などの面も視野に入れながら地域の活性化を目指したい」としている。
〈手漉き和紙とは〉
楮、三椏、雁皮などの樹皮を原材料とする。産地による特性を生かして、下張紙、総裏紙、肌裏紙などに漉く。絹や和紙に描いた作品の裏に、これらを重ねて張って補強し、掛け軸、巻物、襖、屏風に仕立てる。
文化財修理には、伝統製法を厳密に守る表具用手漉き和紙を使う。奈良県吉野町で製作する宇陀紙、美栖紙、島根県浜田市の石州和紙、岐阜県美濃市の美濃紙、埼玉県小川町・東秩父村の細川紙、高知県の土佐和紙などが代表的だ。
2014年、石州和紙のうち楮に地元産だけを使った石州半紙、美濃市蕨生地区で生産する本美濃紙、細川紙が「日本の手漉和紙技術」として、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。
ただ、和紙の需要は先細りで、いずれの産地も取り巻く環境は厳しい。経済産業省も伝統的工芸品に指定して支援するが、後継者の育成と原材料の確保が、手漉き和紙の技術を伝えていく上で最大の課題となっている。
(2024年3月3日付 読売新聞朝刊より)
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