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2019.9.4

【大人の教養・日本美術の時間】絵巻の読みかた、扱いかた

(鮫島圭代筆)

美術館で絵巻を見たことはありますか?

絵巻とは、和紙が横に長くつないであり、軸に巻かれているものですね。

たいてい、のぞき込むタイプの展示ケースのなかに、広げて展示されています。でも本来、絵巻は長く広げて見るものではありません。手にとって楽しむものなのです。

一体どうやって?

まずは絵巻の一般的な構造をお話ししましょう。

絵巻の中身は、通常、二つの部分から成ります。一つは、ストーリーを文章にした「詞書ことばがき」、もう一つは、そのストーリーの各場面を描いた絵です。この詞書と絵が交互にでてきて、物語が進むのです。

詞書や絵は、和紙や絹の布に描かれ、これを「本紙ほんし」と呼びます。

本紙は薄くて破れやすいので、本紙の背面に別の紙を貼り合わせて丈夫にします。これを「裏打うらうち」といいます。

絵巻を巻いたときに表面にくる布は「表紙裂ひょうしぎれ」といい、その絵巻の内容に合うデザインの布が使われます。

そして絵巻の題名を書いた「題箋だいせん」を貼ることもあります。本の表紙と同じですね。

表紙裂の背面には奇麗な紙を貼り合わせ、これが絵巻を開くと一番先に目に入る「見返し」になります。

絵巻は棒を芯にして巻いてありますよね。この棒は「軸木じくぎ」といい、絵巻の巻末(本でいえば最後のページ)にくっつけてあります。軸木は杉の木が多いですが、絵巻を巻いた時に上下にとびでる部分だけは特別に「香木こうぼく」と呼ばれる香りのよい木材や象牙なども使われてきました。

一方、絵巻を開き始めるときの一番端には「巻緒まきお」というひもがついています。軸木に絵巻を巻きつけたあと、この紐で全体を巻き留めるのです。

本の装丁に工夫が凝らされるのと同じように、物語の内容に合わせて布などの素材が選ばれ、丁寧に作られているのですね。

平安貴族になってみよう!

絵巻の構造がわかったところで、絵巻を開いてみましょう。さあ、平安時代の貴族になった気分で!

(鮫島圭代筆)
  • まずは、床や机など平らなところに絵巻を置きます。
  • 巻緒をほどき、絵巻を少し広げると、見返しがあらわれます。巻緒は小さくわいておきましょう。
  • 両手で広げた見返しを巻きこみ、絵巻全体を体の右前にずらして置き直します。
  • 巻きこんだほうを右手で持ち、軸木に巻いてあるほうを左手で持って、自分の肩幅くらいまで絵巻を広げます。
  • 最初の場面があらわれました。詞書や絵を楽しみましょう。
  • 見終わったら、次の場面へ! 開いている部分を右手で巻き取り、絵巻を体の右前に置き直してから、左手で次の場面を広げて……という動作を繰り返して、読み進めるのです。

右から左へと物語が進み、両手を動かしながら、まるでマンガのページを先へ先へとめくっていくような感覚ですね。自分のペースで読み進められるので、繰り広げられる物語世界にひたることができます。

この「右から左へ」という進行は、日本美術鑑賞のキーワードなので、ぜひ覚えておきましょう。日本語の文章は伝統的に縦書きですね。和本(和紙を和じで製本した本)はもちろんですが、ふすま屏風びょうぶの絵も右から左へと見るように描かれていることが多いのです。

さて突然ですが、ここで問題です! 絵巻の大きさはどのくらいだと思いますか? 美術館で絵巻を見たことのあるかたは思い起こしてみてください。

答えは、標準的には縦幅30~40センチくらい、そして一巻の長さは9~12メートルほどともいわれます。なかには、「小絵こえ」と呼ばれる縦20センチに満たないミニ絵巻もあります。両手で持てば、電車の座席でも読めるかも!?

さて、絵巻を最後まで読み終わったら、今度はきちんとしまいましょう。

まず、左手で持っている軸木に絵巻をすべて巻き戻します。巻き終わったら巻緒をぐるりと数周巻きつけ、巻緒の端で輪っかを作って巻いてある部分に通し、ほどよくしめます。そして木箱などに入れれば片付け完了です。

ところで、絵巻はいつごろ作られるようになったのでしょう? 

遅くとも平安時代の中頃、11世紀初めといわれます。そして今に残る最古の絵巻は、12世紀前半に描かれた「源氏物語絵巻」。当時の読者は、みやびな生活を送る宮廷の女性や貴族たちでした。

最後に、たのしい絵巻作品をご紹介します。

2019年9月6日から京都の泉屋博古館の「住友財団修復助成30年記念 文化財よ、永遠に」展でご覧いただける「是害房ぜがいぼう絵巻えまき」です。「今昔物語集」にでてくる天狗のお話をもとに作られました。天狗と言っても、現代人がイメージする鼻の高い赤ら顔ではなく、鳥の姿を色濃くとどめた姿。怖いというよりなんだかかわいいですね。

重要文化財 是害房絵巻(部分) 南北朝時代(14 世紀) 泉屋博古館

あらすじは、中国から日本にやってきた天狗の是害房が自分の強さを吹聴するも、比叡山の僧侶たちに惨敗し、日本の天狗に介抱されたのちに送別会を開いてもらい名残を惜しむ、というもの。なんともふがいない、愛されキャラですね。

絵のなかに文字が書き込まれているのにお気づきですか。これは「画中詞がちゅうし」と呼ばれます。まるでマンガのふきだしみたいでしょ!?

重要文化財 是害房絵巻(部分) 南北朝時代(14 世紀) 泉屋博古館

この展覧会では、文化財の修復を長年行ってきた住友財団の文化財維持修復事業助成の成果が紹介されます。この作品もこの事業の一環で修理され、かつての姿がよみがえりました。天狗たちはいきいきと描かれ、自然の描写は細やか。南北朝時代の貴族が実際に手にとって楽しんだと想像すると、感慨深いですね。

「是害房絵巻」の展示情報
鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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