1888年、旧江戸城西の丸跡地に完成した明治宮殿は、和の外観と洋の内装をもつ和洋折衷の建築であり、皇室の儀式空間と居住空間とを兼ね備えていた。宮内庁三の丸尚蔵館には、宮殿内部を彩っていた調度の一部が伝えられており、往時をしのばせる。
「七宝藍地花鳥図花瓶」は、明治宮殿の千種の間を飾っていた調度のひとつである。千種の間はさまざまな草花をあしらった豪華絢爛な広間で、天井に張られた織物や欄間の彫刻、壁面の刺しゅうなどは、いずれも名工の手によるものだった。
本作も名古屋を本拠地とし、尾張の工人が働く七宝会社の東京工場にて、のちに帝室技芸員に任命される濤川惣助の監督の下に制作されたと考えられている。
近代七宝は、幕末尾張の職人、梶常吉が確立したとされる。その技法は、成形した金属の器の上にリボン状の金属線を貼り付けて文様の輪郭をかたどり、そこにガラス質の釉薬を焼き付けるというもので、「有線七宝」と呼ばれる。濤川惣助は金属線を取り除いた「無線七宝」を考案し、絵画と見紛うような繊細なグラデーションを表現することに成功した。
本作では、大きく堂々とした器体の上下に、菊花をあしらった優雅な意匠が施される。胴の部分には、美しいコバルトブルーを背景に、牡丹や桜、スカシユリなど早春から夏にかけての花があらわされる。そこにオオルリやジョウビタキなどの野鳥が遊び、キリギリスやカニなどの小さな生きものも顔をのぞかせる。どこから見ても絵になる花瓶だ。
マガモのつがいを見てみよう。金属線で輪郭をあらわす周囲とは異なり、波間に見える朱色は、ぼかしによって水面の下にある脚をあらわしたものだ。のちに完成する、無線による七宝表現の可能性を追求する意欲が、ここにあらわれている。
(宮内庁三の丸尚蔵館学芸室研究員 上嶋悟史)
◆宮内庁三の丸尚蔵館所蔵 皇室の名品 ―愛知ゆかりの珠玉の工芸―
【会期】7月31日(日)まで
【会場】瀬戸市美術館(愛知県瀬戸市西茨町)
【主催】瀬戸市美術館、瀬戸市文化振興財団、宮内庁
【特別協力】文化庁、紡ぐプロジェクト、読売新聞社
【問い合わせ】0561・84・1093