邪悪な鬼類を辟け除く種々の善神を表わした絵巻の中の一段であるが、この場合は『法華経』の功徳という面も持っている。詞書に、山林の中で大乗の義を思惟する法華の持者を、鬼神が悩まそうとするとき、毘沙門天が弓矢で退治するとされるのは、直接の典拠を見いだし難いものの、『法華経』の「陀羅尼品」に、薬王菩薩・勇施菩薩・持国天・十羅刹女と並んで、『法華経』持者を護る者として毘沙門天が挙げられているのに基づくことは疑いない。
『大日本国法華経験記』に、毘沙門天像が持物の鋒剣で牛頭鬼を切り殺して『法華経』持者を助けた話があるのと同様の、具体例の一つであろう。詞書には天王が「むろ」の上にとぶというが、図では岩陰に黒木柱に蓆の壁で草葺きのささやかな庵があり、それには収まりきらぬ形で、毛皮を敷いて横坐りし、朱塗りの机に肩肘をついた安楽な姿勢で、経箱から取り出した一巻をひらき見る、のどやかな僧の姿が表されている。
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