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2019.11.1

【歌舞伎 孤高勇士嬢景清】吉右衛門が挑む悲劇の武将 失明を恐れず演じた父の覚悟受け継ぐ

制作記者会見で意気込みを語った中村又五郎さん、歌六さん、吉右衛門さん、東蔵さん、雀右衛門さん(左から)

東京・国立劇場の11月歌舞伎公演(2019年11月2日~25日)は、中村吉右衛門さんの主演で「孤高勇士ここうのゆうし嬢景清むすめかげきよ日向嶋ひゅうがじま―」を上演する。鎌倉時代、一門を滅ぼした源氏への復讐ふくしゅうを企てる平家の武将・悪七兵衛あくしちびょうえ景清の悲劇と、娘との親子愛を描いた物語で、今年9月の国立劇場文楽公演でも、同じ悪七兵衛景清の物語「嬢景清むすめかげきよ八嶋日記やしまにっき」が上演された。歌舞伎版では、物語の最初から最後までを見せる「通し狂言」のスタイルで行い、現代を生きる人間にも通じる、親と子、周囲の人々との情感あふれる人間ドラマを濃密に見せる。

零落して日向嶋に暮らす悪七兵衛景清(中村吉右衛門)国立劇場提供
あらすじ

奈良・東大寺では、平家によって焼き払われた大仏殿が再興され、落慶法要が行われている。景清(吉右衛門)は境内に乗り込み、臨席する源氏の大将・源頼朝の殺害を試みるが、捕らえられる。平家への忠誠を貫く景清を頼朝はたたえ、景清も頼朝の温情ある言葉に感じ入るが、源氏へ従うことを潔しとせず、二度と復讐をしないあかしにと、両目を刺し貫いて立ち去る。一方、景清の娘の糸滝いとたきは、父が盲目となって日向国(現在の宮崎県)に暮らすと聞き、遊女屋に身を売った金を携えて景清のもとを訪ね、父と再会する。

失明を顧みず演じきった父、初代白鸚

タイトルに含まれる「日向嶋」は、親子の再会を描いたクライマックスの場面だ。歌舞伎で日向嶋の景清が初めて演じられたのは江戸時代で、戦後は吉右衛門さんの実父である初代松本白鸚が、文楽の八代目竹本綱太夫、十代目竹澤弥七と共に1959年に上演した。

会見する吉右衛門さん

当時、15歳で出演した吉右衛門さんにとって、この舞台は「鮮烈」だったという。後に人間国宝となる綱太夫から受けた厳しい指導は、「今でも財産」になった。父の入れ込み方も「記憶に焼き付いている」と話す。

初代白鸚は盲目の景清役を演じるにあたり、目全体を覆うような赤いコンタクトレンズを着用した。医師からは「目が潰れてしまう」と止められたが、麻酔薬を打って演じきった。父の目は真っ赤だったという。

「芸をわかってなかった自分は、この公演で、芸にはどう立ち向かわなければならないかをたたき込まれた。(実父と私で)上演を重ねたこの作品を、『もう一歩進められたら』という思いで今回取り組むことになった」と覚悟を語る。

執着心を消した娘の愛情 思わず共感
一勇斎国芳「月梅攝景清」(部分)国立劇場所蔵

「テーマは『執着心』です」と吉右衛門さん。景清は、亡き主君である平重盛への忠誠心が厚く、重盛らを滅ぼした頼朝に一矢報いようと挑む。頼朝の温情に心揺れながらも怒りは収まらず、源氏の栄華を見たくないと両目を潰す。しかし、自分の目を潰してもなお、「打倒源氏」の執着心を捨てきれなかった。

吉右衛門さんは、「それが、生き別れた娘と出会い、娘の愛によって執着心が消えていく。執着心を捨てると、パッと世の中が変わったというのは、どなたにでもあることではないか」と話す。「私も若い頃から吉右衛門や(屋号の)播磨屋の名前、先人の教えを守る芝居に執着してきた。それがこの頃は、少し遊んでみようかと思えるようになった。私も娘のおかげかな。娘は大事にしないと」と笑った。

明治以降、途絶えた場面も上演
僧兵姿で源頼朝の命を狙う悪七兵衛景清(中村吉右衛門)国立劇場提供

今回の通し上演では、明治以降に上演が途絶えていた、景清が源頼朝の暗殺を企てる「東大寺大仏供養」の場面を盛り込んだ。歌舞伎では、劇中に名前が挙がるだけで、役としてはあまり登場しないことが多い源頼朝を務めるのは、中村歌六さん。糸滝が身売りする女郎屋の主人との二役で、名君と「女房の尻に敷かれるのんきなおやじさん」を演じ分ける。

糸滝は、中村雀右衛門さんが演じる。父の四代目雀右衛門は、59年の公演で同じ糸滝役を務めた。雀右衛門さんは「演じられて大変幸せ。糸滝は人の心を打つほど父への思いが深く、けなげで一途いちず。お客様に共感いただけるよう、精いっぱい務めたい」と意気込む。

正体を顕した悪七兵衛景清(中村吉右衛門)国立劇場提供

吉右衛門さんは「人間をよく描いており、何回もやりたいと思えるお芝居の一つだ。景清は勇猛でうらやましいほど女性にもてた、とても魅力的な人物で、今回は(通し狂言で)物語の背景や状況を明確にし、より分かりやすい景清像を作りたい」と話していた。

吉右衛門さんのジョークに、笑いの絶えない会見となった。「笑いは人を元気にする。なるべく笑って朗らかに舞台ができたらいいなと思っています」と吉右衛門さん

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

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