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2019.8.12

【文楽 艶容女舞衣】裏切る夫を思い続ける妻と、その家族が織りなす人間ドラマ

艶容女舞衣「酒屋の段」より

東京・国立劇場の9月文楽公演(9月7~23日)は、第二部の後半で「艶容女舞衣はですがたおんなまいぎぬ」を上演する。舞台を制作する国立劇場伝統芸能課の吉矢正之さんは「夫を思う妻のお園が胸の内を明かす『お園のクドキ』は、浄瑠璃の代名詞とも言われ、広く知られていました。しっとりとした名曲を楽しんでいただければ」と紹介する。

あらすじ

大坂上塩町の酒屋・茜屋半七あかねやはんしちは、お園と結婚する前から女舞の芸人・三勝さんかつと付き合っており、子どもまでもうけた。半七は妻を置いて家を出て行き、殺人の容疑がかけられている。三勝の赤子を預けられた茜屋では、半七の両親が息子の罪を嘆いている。そこに、離縁状態になっていたお園が親に連れられ帰ってくる。お園は夫に裏切られながらも、茜屋の嫁に戻りたいと願っていた。やがて家族は、家の中で泣く赤子の衣の中から、半七の手紙を見つける。その手紙に書かれていたのは……。

男のエゴと家族の愛

「今の倫理観では、なかなか受け入れがたい話だと思いますが……」と吉矢さんは苦笑する。家庭を顧みない夫の半七は、手紙の中で三勝との心中をほのめかし、お園には「未来(次の世)では夫婦に」と告げながら、次の場面では愛人の三勝に「千年万年先まで、必ず二人は一緒だ」と語る。男のエゴが見え隠れする。

取り巻く家族の情愛の深さには、共感できるポイントが多いかもしれない。お園は夫に裏切られたにもかかわらず、「もう一度嫁に戻してほしい」と頼む。一度は夫のふるまいに怒り、離縁させたお園の父親も、娘の強い思いにほだされ、娘の願いをかなえようと付き添う。半七の親は息子の犯罪を嘆く一方で、若い嫁を不幸にしたくないという思いから、お園にわざとつらく当たり、帰るように促す。

「善良な人々の思い、特に年老いた互いの親の気持ちは胸に迫るものがあります。時代が違っても変わらない、親から子への思いが感じられます」と吉矢さん。

44年ぶりの東京上演
「道行霜夜の千日」より

後段の「道行霜夜みちゆきしもよの千日」は、半七と三勝が心中へと旅立つシーンで、東京での上演は実に44年ぶり。前段(酒屋の段)では、夫を思い続ける妻や家族の視点、一方、後段は出て行った夫と愛人の視点で語られるので、より奥行きが理解いただけるのでは」と、吉矢さんは期待を込める。

出演は竹本津駒太夫さん、豊竹藤太夫さん、三味線は鶴澤清友さん、野澤錦糸さん、鶴澤藤蔵さん、人形は吉田玉也さん、豊松清十郎さんら。「中堅からベテランにさしかかる、次の文楽の要となる技芸員がそろいました。9月の文楽は、第一部も第二部も名作ぞろい。ぜひ楽しみにしてください」

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

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