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2026.8.4

【技を継ぐ あをによし賞20年】(5)「オホーツク文化」発掘80年 - 遺物コレクション 学校の郷土学習に

骨で作られた釣り針など、北構さんが発掘したオホーツク文化の遺物を見る猪熊さん(北海道根室市で)

「すごい。めっちゃ細かい」「これは何の骨でつくったの」

〔2026年〕6月17日、北海道根室市の義務教育学校「市立歯舞学園」で、総合学習の授業中に、アザラシやクジラなどの骨を加工した釣り針や、アザラシをかたどったペンダントを見た5年生13人が感嘆の声を上げた。いずれも、2019年に第13回読売あをによし賞本賞を受賞した北構きたかまえ保男さん(翌年、101歳で死去)が、5世紀頃にサハリン南部や千島列島から北海道へ渡ってきた「オホーツク文化人」の遺跡で発掘した約13万点に及ぶ遺物の一部だ。

北構さんは印刷会社を営む傍ら、約80年にわたってオホーツク海側の地域や北方領土などで発掘調査を続けた。私費を投じ、協力する大学生の報酬や泊まる場所を確保した。次女の山田信子さん(67)は「会社は社員に任せ、考古学ばかりだった。亡くなる直前も『サハリンに調査に行ってきて疲れたよ』と夢の中の話をしていた。最後まで北方の古代を突き止めることしか頭になかった」と振り返る。

北構さん(中央)は生涯をかけて発掘調査に励んだ=山田さん提供

本州以南は水田稲作が伝わって縄文時代から弥生時代に移行したが、北海道では稲作は行われず、縄文時代から続縄文、擦文さつもん時代へと移り変わった。一方、サハリンや千島列島の沿岸部に定住して漁労生活を送ったオホーツク文化の人々は、遺伝的にも縄文人とは異なり、クジラやアザラシの骨を鉄器で加工し、アクセサリーや漁労具を作るなど独自の文化を持っていた。

5世紀頃には道東や道北へ生活圏を広げ、道内で発展した縄文以来の文化と融合。13世紀に成立したアイヌ文化の要素の一つとされており、特にクマやシャチへの信仰心などはアイヌ文化にも受け継がれた。

北構さんは17年、「根室の子どもたちに自分がやってきた仕事を引き継いでもらいたい」とコレクションを根室市に寄贈した。保管する市歴史と自然の資料館の学芸員、猪熊樹人しげとさん(50)は、北構さんの残したメモを参考に、出土地点や出土遺物の記録を取り、報告書の作成を進めている。整理を終えた遺物は資料館に展示し、学校での郷土学習の資料としても活用している。

北構さんは東京の大学とも連携して調査を主導し、住民への理解促進にも努めた。猪熊さんは「オホーツク沿岸の考古学の発展は北構さんの功績なしには語れない。価値をしっかりと記録保存し、次の世代へと引き継いでいきたい」と話す。(辰巳隆博)

(2026年8月2日付 読売新聞朝刊より)

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