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2022.7.12

【色褪せぬ「動植綵絵」】vol.1―小説『若冲』作者 澤田瞳子さんが魅力をつづる

江戸時代、京都で活躍した絵師・伊藤若冲じゃくちゅう(1716~1800年)による「動植綵絵どうしょくさいえ」は、京都・相国寺しょうこくじから明治天皇に献上され、皇室で守り継がれてきた。昨年、宮内庁三の丸尚蔵館収蔵品から初めて国宝に指定された5件のうちの一つで、 いずれも縦約140センチ、横約80センチの大作だ。8月に開幕する特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」では、全30幅の連作のうち10幅をまとめて展示する。その魅力を、小説『若冲』の作者である作家・澤田瞳子さんに寄稿してもらった。

微視的によし、巨視的によし

伊藤若冲を主人公とする小説を上梓じょうしして7年が過ぎた。私が彼を描く準備を始めた時、すでに若冲の名は幅広い世代に広まりつつあったが、その後、若冲生誕300年に伴って起きた爆発的な若冲ブームはいまだ収まったとは言い難い。

そもそも私が若冲を小説にしようとしたのは、生涯の大半を京都で過ごした彼を通じ、近世京都を描こうと考えたためだった。そんな彼は現在では京都はおろか、日本を代表する絵師の一人として大人気なのだから、「千載せんざい具眼ぐがんつ(絵のわかるものを千年待つ)」という若冲の思いは、まさに実現したと言える。

私が初めて「動植綵絵」に接したのは、どうやら小学生の頃だったらしい。――らしい、と記す理由は、現在の私にはその記憶がないためだ。ただ私の手元には現在、小学校5年生の頃に描いた「私と好きなもの」という自画像が残っており、そこには動植綵絵の1幅、「蓮池れんち遊魚図ゆうぎょず」の前にいる小学生の私が描かれている。恐らくは画集で動植綵絵を見たのだろうが、当時の私はどうも若冲が好んで描いた鶏にはあまり心をかれなかったと見える。

蓮池遊魚図(れんちゆうぎょず)
1761~65年(宝暦11年~明和2年)頃

そんな私が動植綵絵を目の当たりにしたのは2007年、明治期に皇室に献上された同作が、初めて京都・相国寺に里帰りした折。正面に釈迦三尊像が、その左右に動植綵絵30幅が対となって飾られた展示は息をのむほど濃密かつ晴れやかで、これほどの作品が一室に飾られる贅沢ぜいたく眩暈めまいがした。実際、観覧の途中で頭がくらくらしてきて、後半はもう一度、日を改めて見に行かねばならなかった。

動植綵絵は1幅ずつが気の遠くなるほど細密な筆と、大胆な構図によって成り立っており、微視的に見てよし巨視的に見てよしという見どころたっぷりの困った作品だ。

更に、絵の片隅にまで若冲の入念な筆が行き届いているせいで、たとえば「池辺ちへん群虫図ぐんちゅうず」の隅に描かれた蜘蛛くもの巣にひっかかった鳥の白い羽根、はたまた「蓮池遊魚図」の端っこで遊ぶメダカたちなど、幾度接しても新たな発見がある。

池辺群虫図(ちへんぐんちゅうず)
1761~65年(宝暦11年~明和2年)頃

ちなみに私はかねて「芦雁図ろがんず」の粘りつくような積雪と枯れたあしから落ちる粉雪の対比に不思議な切なさを覚えていたのだが、小説『若冲』を執筆していた最中、雪に染まった芦穂の美しさに気づき、手間を省こうと思えばいくらでも簡単に描ける箇所にまで筆を凝らす若冲の姿を想像した。彼は世の中の全てを何一つゆるがせにせずに凝視していたのではと考えると、胸が締め付けられる思いがした。

幾度前にしても色せぬ動植綵絵は、これからもより多くの人々を魅了し続けるに違いない。

芦雁図(ろがんず)
1765~66年(明和2~3年)頃

さわだ・とうこ 1977年、京都市生まれ。同志社大学文学部で奈良仏教史を専門に研究し、学芸員資格を持つ。2010年に「孤鷹の天」で作家デビュー。古代や江戸時代を中心に歴史・時代小説を手がけ、「若冲」で親鸞賞を受賞した。21年には「星落ちて、なお」で第165回直木賞受賞。近著は飛鳥の女流歌人・額田王を描いた「恋ふらむ鳥は」(7月4日刊行)など。

小説『若冲』◆ 綿密な史料の調査分析と魅力的なストーリー設定で、人気絵師・伊藤若冲の半生を鮮やかにつづった。京都の青物問屋の主人、若冲は、妻を亡くしてからひたすら絵に打ち込み、家督を早々に弟に譲る。同時代の画家・池大雅や与謝蕪村、円山応挙らとの交流、当時の時代背景などから「何を考えながら絵を描いたのか」をひも解く。

 数々の絵の描写も細やかで、若冲の作品が目の前に広がるかのよう。若冲をテーマに小説を書こうとした際、歴史小説家の葉室麟さんと企画が重なったが、「それなら若い人に」と譲られ、執筆がかなったという。2015年刊行。直木賞候補作。

特別展「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」 「動植綵絵」は8月30日からご覧いただけます

https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tamatebako2022/

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