日本人は漆を古くから利用してきた。縄文時代には、主に接着剤として。その後、特有の光沢と耐久性のある塗装材料として建造物や工芸品に用いられてきた。漆や漆器の長期にわたる需要減少、近年の「国産漆」の供給不足など課題はあるが、その美しさや手触り、素材の持つ奥深さは多くの人を魅了し続けている。
蒔絵の重要無形文化財保持者(人間国宝)、室瀬和美さん(73)=写真=の新刊「漆と伝統」(白船社)が、11月に発売された。長年、創作活動や文化財修理などで漆に携わってきた経験を詰め込んだ“漆の教科書”だ。
同書は、1話数ページ程度の66話が、5章構成でつづられている。第2~4章は漆芸の技術や道具、歴史、文化財修理などについて専門的な見地から解説しており、室瀬さんが蒔絵に取り組む様子の写真=右=なども添えられている。
一般の人は、第1、第5章から読むのがお薦めだ。第1章は、植物としてのウルシの性質や漆の採取、漆の固まるメカニズム、防水性や抗菌性に優れる特性などについて紹介している。
「漆を『伝える』」と題した第5章では、スペインのバルセロナに多くの漆芸作家がいるという意外な話も披露している。「軽い・美しい・強い」と三拍子そろった漆器の食器の強みや、自然素材の癒やす力も強調。触り心地の良い「肌合い」の魅力も伝えている。
木で作られた漆のお椀は熱伝導率が低く、ご飯が冷めにくいという話題も。三浦雄一郎さんが2013年、エベレスト登山の際、室瀬さんが提供したお椀でご飯を食べ、身体を温めながら登れたと喜んだという。
室瀬さんは「漆は天然の樹脂で強いため、漆工品は長期間にわたり使い楽しむことができます。また、漆は自然から得る地球環境にも優しい素材です。この本を通して漆の魅力を伝えられたらと思います」と話している。
(2024年12月1日付 読売新聞朝刊より)
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