日本が世界に誇る伝統の技と心が、全国各地で脈々と受け継がれ、前途有為な人材が育っている。郷土芸能を取り入れて海外に魅力を発信する太鼓芸能集団や、日本の古典芸能の担い手を育てる養成所、長い歴史と高い技術をもつ漆器文化を支える人たちを取材し、現場の生の声を聞いた。
地元の人が「鬼太鼓」指導
新潟県佐渡市を拠点にする「鼓童」は、太鼓の演奏を中心に据え、郷土芸能にも着想を得ながら、唄や踊りを交えたパフォーマンスを披露するプロの芸能集団だ。埼玉・秩父夜祭の屋台囃子などを題材とした曲や、現代音楽家からの提供、メンバーが創作した曲など多岐にわたり、1981年の結成以来、50以上の国と地域で7500回を超える公演を行ってきた。歌舞伎俳優で人間国宝の坂東玉三郎さんとの共演や、大阪・関西万博の開会式出演など、世界に日本の魅力を発信している。
世界の舞台で活躍することを目指し、真剣な表情で太鼓をたたく研修生たち(4月8日、新潟県佐渡市で)=高橋美帆撮影
鼓童の前身の「佐渡の國鬼太鼓座」は、若者が減少していた佐渡に伝統芸能や工芸を学ぶ場を作ろうと、資金集めの興行として太鼓を披露し始めた。その後、世界で公演する集団に成長し、国内外に多彩な人材を輩出。独立して活躍する奏者や、故郷の郷土芸能を担う出身者もいる。
現在の舞台メンバーは42人。エネルギッシュな演奏を生み出す土台には、2年間の研修と、本番の舞台に上がるまでの厳しい選考がある。
柿野浦集落の集会所で、祭りに向けて地元の人(右)から鬼太鼓の指導を受ける研修生たち
〔2026年〕4月上旬、その研修所を訪ねた。佐渡の両津港から車で約40分。自然豊かな柿野浦集落にある木造2階の建物は、統廃合されたかつての中学校の校舎だ。19~28歳の男女7人の研修生が寝食を共にし、体育館で稽古に励んでいる。太鼓に興味を持ち、部活動などで演奏経験のある人が多く、全国各地からやってくる。
入所して、まずは自ら木を削り、太鼓のバチと箸を作るのが習わしだ。慣れない作業に苦労することも。日々の生活は早朝の5時半起床で、床の雑巾がけとトレーニングから始まり、冬も冷たい水で雑巾を絞る。太鼓の稽古に加え、日本の古典芸能や各地の郷土芸能なども学ぶ。食事は自分たちで献立を考え、調理する。田んぼでコメを作り、校庭で野菜を育てる。
鼓童の代表で、研修所の所長も務める船橋裕一郎さん(51)は、佐渡の人たちと接し、自然に触れ、感じることを重視する。「どう暮らしていくかを追求し、吸収したものすべてが舞台の表現につながる」と語る。
どう暮らすか追求
「鼓童」の船橋裕一郎代表
鬼が太鼓の音に合わせて勇壮に舞う佐渡の郷土芸能「鬼太鼓」は、地元の人たちから直接教わる。集落の集会所では、祭りに向けて稽古が行われていた。住民たちは実演を交えて、舞の動きや太鼓の強弱を何度も細かく指導し、熱気を帯びていく。地元の南敬次さん(79)は「教えていると、若い頃の気持ちに戻る」とうれしそうに話す。米国出身の研修生、ネイビン・ニコラス・アカミネさん(28)は「伝統を重んじる厳しい稽古にも、私たちの成長を願ってくれているのが伝わってくる。地元の人と研修生の心の距離が近い」と笑顔を見せた。
心の距離近い
ネイビン・ニコラス・アカミネさん
東京都出身の研修生、高橋咲和子さん(20)は、小学校のクラブ活動で太鼓を始め、高校時代に鼓童の演奏を見て憧れたという。「自分を耕すことができる場所。日常生活でも、舞台の上でも、ポジティブなエネルギーを与えられる人になりたい」と力を込める。
自分を耕せる場所
高橋咲和子さん
過疎化が進む佐渡にとって、若者がやってくる鼓童は、地域に活力をもたらす存在でもある。船橋さんは「自分たちの表現だけではなく、佐渡が抱える課題や佐渡のために何ができるのかということも考えていきたい」と真剣な表情で語っていた。(武田実沙子)
4月12日の祭りで研修生が鬼太鼓を披露した=「鼓童」提供
【研修生の暮らし】
田植え作業の前に並んで歌を歌う
コメや野菜を育てる
早朝から雑巾がけとトレーニング
廃校を利用
バチと箸は自分で作る
左手で箸を持ち、利き手と逆の手を鍛える
料理も修行
(2026年5月5日付 読売新聞朝刊より)