
日本が世界に誇る伝統の技と心が、全国各地で脈々と受け継がれ、前途有為な人材が育っている。郷土芸能を取り入れて海外に魅力を発信する太鼓芸能集団や、日本の古典芸能の担い手を育てる養成所、長い歴史と高い技術をもつ漆器文化を支える人たちを取材し、現場の生の声を聞いた。
国立劇場などを運営する日本芸術文化振興会は、伝統芸能を担う俳優や演奏者の養成事業を実施している。1970年に歌舞伎俳優を育てる研修が始まり、その後、歌舞伎音楽や文楽など計9コースに拡大した。芸を代々継承する名門の子弟や入門者だけでは担い手が足りないため、門戸を広げて一般から志望者を募り、優秀な人材を確保する仕組みだ。志を抱く若者たちが、第一線で活躍する実演家の指導を受け、舞台に立つことを目指して芸を磨いている。

〔2026年〕4月中旬、国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区)にある稽古場で、小鼓や太鼓を演奏する歌舞伎音楽・

2人とも2025年春に養成所の研修生となり、鳴物を始めた初心者だ。最初はお辞儀の仕方や着物の着方から教わったが、1年後の発表会では、主任講師と並んで演奏するまでに上達した。佐太郎さんは「一人一人にあった教え方を模索し、見いだしながら教えることが大切」と語る。2年間の研修期間の折り返しを迎え、渡辺さんは「先生方のお手本通りに演奏することを意識している」と真っすぐな視線を向け、黒松さんは「歌舞伎が好きということがモチベーションになっている」と声を弾ませる。
養成事業は着実に成果を上げている。研修の修了者が占める割合は、歌舞伎俳優の33%、鳴物の38%を超えるなど人材確保に大きく貢献しており、修了者が養成所の講師を務めるケースも多い。
ただし、伝統芸能を志す若者の減少という大きな課題は解消されていない。たとえば歌舞伎俳優では、07年春開始は26人の応募があったが、近年は1桁台が続き、25年は2人にとどまった。鳴物は、当初応募がなく、申込期限を延長して再募集をかけた年もあった。養成所では、若い世代に関心を持ってもらおうと、見学会や小学校での体験教室などにも力を入れる。
研修の運営費用の確保にも努める。用具の購入などに充てるため、一般個人から寄付を募る「国立劇場養成所サポーター」の登録制度を23年に開始。現在は約180人が登録し、年約460万円の寄付を集めているという。(武田実沙子)
中川俊宏・武蔵野音楽大学特任教授

芸能は、熱い思いを持って次の世代を育て、伝えていかなければ、途絶えてしまう。全国各地で様々な芸能が代々伝えられ、残っているということは、日本人は文化や芸術を粗末にはしてこなかったということだろう。
しかし戦後、社会活動や経済状況の変容で、皆で守っていかなければならないという意識が弱まっているかもしれない。古いものを大事にする意識を新たにしなければならない時代だ。
国立劇場養成所の歌舞伎俳優研修を例に挙げると、修了後は、主要な役を演じる俳優の弟子となり、舞台で立ち回りや並びの腰元の役を担い、楽屋でその俳優の世話をする。一門の御曹司だけで舞台は作れず、一般応募が毎年数人しかいないと、いつか舞台が回らなくなってしまう。
日本芸術文化振興会で養成事業を担当した約30年前は、歌舞伎をちゃんと見たことがない応募者もいたが、若者が将来をしっかり考える現代では、歌舞伎の魅力をアピールするとともに、保護者の理解を得ることも必要だろう。育成した人材が活躍していることを知ってもらえば、国民の意識の変容につながるのではないか。
国は海外に発信できるコンテンツ産業に力を入れるが、いきなり世界に通用するものを生み出せるわけではない。豊かな土壌があってこそ優秀な人材が育つのであり、その土壌を大事にしてほしい。
(2026年5月5日付 読売新聞朝刊より)
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