〔2024年4月〕16日から始まる特別展「法然と極楽浄土」に、仏画の名作、国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)」が85年ぶりの修理を終えて出品される。修理作業は、最新の技術を駆使した事前の調査で得たデータが大きく貢献した。文化財の修理は、保存、維持とともに新たなデータを得て次世代につなぐためにも欠かせない。重要文化財の西光寺蔵「地蔵菩薩立像」、浄土宗蔵「阿弥陀如来立像」の像内からは由緒がうかがえる大量の史料がみつかり、當麻寺の国宝「綴織當麻曼陀羅」は織りの分析が復元の手がかりとなった。特別展の出品作品から修理の過程で明らかになった事例を紹介する。
特別展は、10月に京都国立博物館、来年〔2025年〕10月に九州国立博物館に巡回。東京国立博物館の展示期間は写真説明に◎で示した。
阿弥陀如来が菩薩を従えて、臨終を迎え往生を願う人のもとへ飛来する様子を描く、日本仏画屈指の名作とされる。2019年から始まった紡ぐプロジェクト最初の助成対象の一つとして3年間かけて修理し、今回の法然展が修理完了後、初公開となる。
修理にあたっては、絵の表側から立体的な構造を知るため「透過X線調査」、使用している絵の具を分析する「蛍光X線調査」、墨で描いた線を写し出す「赤外線撮影」を行った。前回修理した85年前に比べ、調査機器、技術は飛躍的に進歩しており、事前に適切な修理方法を検討すると同時に、材料などのデータを得る貴重な機会となった。
阿弥陀如来の衣の文様は、肉眼では不鮮明だった部分が、細く切った金箔を用いた「截金」で描かれていると確認した。阿弥陀如来を囲む菩薩は、金粉を膠で溶いた「金泥」を用いて、描き分けていると判明。異なる輝きを使い分けて、仏と菩薩の格の違いを意識的に表現したとみられる。
また、画面の裏側には全体に入念に下絵が描かれているのがわかった。京都国立博物館の大原嘉豊教育室長は、「下絵にはなかった雲を表から描き足した箇所があるなど、より完成度を高めるための丁寧さ、手がけた絵仏師の繊細な感覚がうかがえる。名画とされる理由を、修理中の調査でも再確認できた」と説明した。
4月16日~5月12日に展示する。
国指定文化財(国宝、重要文化財)の修理は、文化庁の文化財調査官や研究者らが修理方針を協議し、技術者と状態を見極めながら進めていく。修理にあたっては過去の記録が重要だが、明治時代以前は、ほとんど残っていない。修理の過程を記録に残し後世へ参考として伝える、現行の体制が確立したのは、岡倉天心らによる文化財保護への尽力、古社寺保存法制定などを経た大正時代とみられる。
文化財の修理は、新たな発見により文化財の再評価にもつながる。奥健夫・武蔵野美術大学教授(元文化庁文化財鑑査官)は「すでに認められた価値を確認するばかりでなく、予想されながら確定していなかった価値が確認できる」とする。
重要文化財(旧国宝)だった、大阪・金剛寺所蔵の「大日如来坐像・不動明王坐像・降三世(ごうざんぜ)明王坐像」は修理による新たな発見で2017年に国宝へ“昇格”した代表的な例だ。不動明王坐像を解体したところ、像内から明治時代の修理では見過ごされていた墨書きの銘文がみつかり、降三世明王坐像とともに作者が快慶の一番弟子、行快と判明するなどの発見を基に評価を高めた。
修理で得られたデータを基に再評価するまでには、他の調査で得た知見との照合、担当者による報告、論文などを基にした研究などを経るため、5~10年はかかると言われる。金剛寺の場合、2009年から修理をはじめ国宝指定の判断をするまでに8年を要した。
逆に修理によって、制作、創建年代が推定よりも大幅に新しくなる例も多く、中には偽作と判明したものまであるという。
ただ、奥教授は「地域にとってかけがえのない価値のある文化財もある。一概に美術品としての価値だけで判断するべきではない」とくぎを刺す。歴史を伝える資料としての価値も評価して保存、継承に生かすことが必要だ。
修理を機に、文化財の価値を見直し、次世代に修理の記録を残すためには、人材の育成と経験の蓄積が必要となる。修理技術者、修理材料の確保と共に今後の大きな課題だ。
(2024年4月7日付 読売新聞朝刊より)
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