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2026.9.2

【勧進薪能「田村」の世界】(1)道元と世阿弥「初心」の精神 - 観世家の芸「田村」 麻布大観音前で

永平寺2代・懐奘禅師七百五十回忌奉納

全長約10メートルの麻布大観音の前に立つ(左から)今村さん、観世さん、松岡さん(東京都港区の長谷寺で)=浦上太介撮影

曹洞宗の大本山・永平寺(福井県永平寺町)を開いた道元禅師の教えを後世に伝えた二祖(2代目住職)、懐奘えじょう禅師の七百五十回大遠忌が2030年に行われます。大遠忌記念事業の一つとして、〔2026年〕10月17日夜に永平寺東京別院の長谷寺ちょうこくじ(東京都港区)で奉納される勧進薪能「永平寺之式 田村」を紹介します。

勧進薪能「永平寺之式 田村」は、永平寺東京別院・長谷寺の麻布大観音前の特設舞台で披露される。シテ(主役)を勤める二十六世観世宗家の観世清和さん(67)、今回の大遠忌記念事業の責任者の一人で、古典芸能に造詣の深い曹洞宗大乗寺(金沢市)住職の今村源宗さん(74)、能楽研究者で東京大学名誉教授の松岡心平さん(71)が長谷寺を訪れ、懐奘禅師や観世音菩薩ぼさつ、室町時代に能を大成した世阿弥などについて語り合った。(武田実沙子)

家元だけ演じられる

松岡 まず、勧進薪能を企画したいきさつをお教えください。

今村 令和12年(2030年)は永平寺の2代、懐奘禅師の七百五十回忌にあたります。懐奘禅師は、永平寺を開いた道元禅師よりも年上でしたが、20年以上長生きし、道元禅師の思いを後世に伝える努力をされました。遠忌の記念事業として、茶道や書といった禅文化を伝承する事業を考える中で、応永6年(1399年)に(観世家の先祖の)世阿弥が京の一条竹ヶ鼻で勤めた勧進能のことを思い出し、勧進には薪能がよいと思いました。

能「田村」でシテ(主役)を勤める二十六世観世宗家の観世清和さん(2013年撮影)。今回の勧進薪能でも主役を演じる=観世宗家提供

松岡 勧進薪能で「田村」を舞われる。しかも「永平寺之式」という小書こがき(特殊演出)もついています。

観世 お能で観音様と言いますと、やはり「田村」が最初に浮かびました。千手観音様の功徳をたたえる名曲で、薪能に合った演目です。「田村」には家元のみの所作があり、観世の家元が演ずるものです。前(まえ)シテ(前半の主役)の童子、のちシテ(後半の主役)の坂上田村麿さかのうえのたむらまろも、観音様の化身なのではないかと思わせるところが多く、先代(二十五世観世宗家の観世左近元正)が「ああ、やっぱり観世の家の芸なのだな」ととても大事にしておりました。この度の(前半と後半の間の)アイ狂言は、人間国宝の山本東次郎先生にお勤めいただきます。通常の「田村」は、アイが清水寺の縁起を語りますが、今回は東次郎先生自身がお調べになり、懐奘禅師についての縁起を語る間語りを新たにお作りいただきました。

観世音菩薩から名前

今村 観世の名前の源流になっているということもあるのでしょうか。

松岡 観阿弥は父と長谷はせ観音にお参りしたところ、出会ったお坊さんから「猿楽をさせなさい」とお告げを受け、猿楽を始めます。観音は正式には観世音菩薩といい、観世宗家の初世、二世、三世は、観阿弥、世阿弥、音阿弥です。ここ、長谷寺ちょうこくじにある十九世観世宗家の観世清興きよおきのお墓に、観世という名前がどういう因縁でつけられたかが書いてあり、これは新発見史料と言っていいと思います。お寺では、清興のお墓があることは伝えられてきたそうですが、能楽学界にとっては大発見です。

長谷寺にある観世清興の墓

今村 奈良の長谷はせ、鎌倉、麻布の観音様は全て十一面観音。長谷式の観音様で、右足を一歩前に出しています。じっとせずに、救済のために右足を出している。大げさかもしれませんが、お能のすり足は、観音様の足使いのような気がします。

松岡 世阿弥も観客に手を差しのべる工夫をしていました。

観世 先代の稽古の中では、五色の揚幕あげまくから出て、瞬時に当日の共演者やお客様の思いを洞察し、つかまなければいけないということが、世阿弥様の言っていることなのだと教えられました。

松岡 十一面観音は頭の上に11面があり、真後ろが暴悪大笑面ぼうあくだいしょうめん、大暴力の笑いです。優しい慈悲と、暴悪の大笑面が合体している観音様は、自然は優しいものだが、怖いものでもあるという日本人の自然観を表しているように思います。

今村 おっかない顔をしてるんですよ。全てを包含して、様々な人間の思いを引き受けているということでしょう。戦災で焼けてしまいましたが、木彫の大家であった大内青圃せいほが父のお墓のある長谷寺の観音様を再建したいと、この場所に小屋組みをして、約10年をかけて造りました。

観世 慈悲深い観音様に守られ、そして懐奘禅師様のご遠忌ですので、多くの皆様に足をお運びいただきたいと思っております。

今村 観音堂が落成した時にお参りをして、ここに舞台を設営してお能ができたら素晴らしいと思いました。観音様と月と共に、「田村」を見ることができる。ゾクゾクします。

禅にふれた世阿弥

今村 道元禅師の初期の書物に「初心の弁道は本証の全体なり」とあります。ところが、晩年には、30代の頃と変化して、「初心は一回で終わりではない。その時、その年代に何回も初心があっていい」と言っていて、「初心」の置き所が変わっています。

松岡 世阿弥が書いたものに道元禅師の言葉から引っ張っているところは見えませんが、精神を受け継いでいるように思えます。世阿弥は「花鏡」で「初心忘るべからず」と残し、下手だった頃の初心だけではなく、中年の初心があり、老後の初心もある。「能には果てあるべからず」としています。

今村 私の感覚として、世阿弥は道元禅師の教えをずいぶん読んだのではないかと思います。

松岡 世阿弥は晩年になって禅とふれあい、テキストも仏教語が多くなります。

今村 逆に言うと、人生としてはそれだけご苦労したということですね。

観世 強く感じます。自分の芸も磨かなくてはいけない、(室町幕府3代将軍の足利)義満公のことも気にしなければならない。いろいろなところへ行って、能を舞い、決して順風満帆な生活環境ではなかったと思います。

松岡 そんな中、世阿弥自筆の「風姿花伝」が代々観世宗家に伝わってきたというのは奇跡的です。 観世 ユネスコ(国連教育・科学・文化機関)の「世界の記憶」の国内候補として政府より申請されました。広く皆様に、本物に触れていただきたいという思いもあります。お能を趣味になさっておられない方でも、書かれていることは含蓄のあるものだと感じると思います。

今村源宗(いまむらげんしゅう)さん
1951年生まれ。宮城県出身。大乗寺七十四世住職。永平寺顧問。85年に永平寺の講師に就任以来、僧侶養成機関で指導。97~2004年に長谷寺。04~09年に宗派のヨーロッパ国際布教総監として伊・仏両国に赴任。懐奘禅師七百五十回大遠忌の文化事業企画推進委員会の委員長を務める。

観世清和(かんぜきよかず)さん
1959年生まれ。東京都出身。二十六世観世宗家。流祖・観阿弥、世阿弥、音阿弥の子孫として700年の伝統を受け継ぐ。新作能や復曲能にも取り組み、国内だけでなく、海外での公演も多い。2023年、日本芸術院会員、文化功労者。父は二十五世観世宗家・観世左近元正。

松岡心平(まつおかしんぺい)さん
1954年生まれ。岡山県出身。東京大学名誉教授。能楽研究の第一人者で、専門は日本中世文学、日本中世芸能。復曲上演の取り組みをはじめ、各地の能楽堂で講演するなど、能の普及と発展に尽力する。著書に「宴の身体――バサラから世阿弥へ」「能――中世からの響き」など。

永平寺二祖懐奘禅師 七百五十回大遠忌記念 勧進薪能
【日時】10月17日午後6時開演(8時20分頃終演予定)
【会場】永平寺東京別院の長谷寺(東京都港区西麻布)、麻布大観音前(雨天時は法堂)
【出演】二十六世観世宗家・観世清和、観世三郎太、山本東次郎
【主催】長谷寺勧進薪能実行委員会
【協力】読売新聞社
【特別協力】永平寺、観世宗家、長谷寺
【チケット】チケットぴあ、観世能楽堂(☎03・6274・6579)で販売

(2026年8月2日付 読売新聞朝刊より)

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