日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2025.10.22

【表具 新たな可能性 2】「主役」との程よいバランス重要

傷みやすい書画を掛け軸や巻物、屏風びょうぶなどに仕立てる「表具」は、中国から伝わり、日本で独自に発展した伝統技術です。主役である書画を和紙やきれ(織物)で守り、彩りを添える名脇役で、天然の糊と水によって書画の美しさを再生させることから、「水と刷毛はけによる芸術」とも呼ばれます。日本人は古来、世代から世代へと絵や書を受け継ぎ、で、尊ぶことで、日常生活を豊かにしてきました。そんな文化を培ったのが、「千年の都」京都と、「徳川将軍のお膝元」江戸です。京のみやび、江戸の粋――。それぞれの風土、美意識が反映された二都の表具の過去、現在、未来を掛け軸を通して見てみましょう。

元五島美術館副館長 名児耶明さんに聞く

表具の役割や「優れた表具」の条件について、書文化研究の第一人者で、表具に詳しい名児耶なごや明・元五島美術館副館長=写真=に聞いた。

元五島美術館副館長 名児耶明さん

表具のない書画はいわば裸の状態で、人前には出られない。「表具する」とは、見合った着物を着せるようなものだ。ただ、主役である絵や書より目立ってはいけない。書画と表具が程よいバランスで「調和」していることが重要だ。掛け軸を見て「キラキラしているな」と、まず目を引くのが表具であってもいい。だが、作品を見終わりしばらくしたら「あれ、どんな表具だっただろう」と忘れているぐらいがちょうどいい。

平安時代などのかな書である古筆こひつには、古裂こぎれなど「古び」を感じさせるものの方が調和する。文字の柔らかな雰囲気に合わせ、控えめな色を選ぶ。それに対し、鎌倉時代から見られる墨蹟(禅僧の書)は、重厚で力強いので、金襴きんらんなどインパクトのある裂がふさわしい。金箔きんぱく糸で唐草などの文様を表した金襴は、僧の袈裟けさをイメージさせるものでもある。こうした「取り合わせ」は、表具師の腕の見せ所であり、歴史の中で育まれた日本人の美意識が凝縮されている。

書画の保存法として、「巻く」というのは素晴らしいアイデアだ。コンパクトになるので、使わない時にしまっておくにもかさばらないし、空気に触れないので傷みも遅い。作品を大切に受け継ぐために培われた、合理的な知恵だと言っていいだろう。さらに、手軽に掛け替え、季節に応じて味わうのにも適している。

日常をより楽しみたいと願う人々が、生活の中に見いだした美しさが日本の美術であり、表具もその一部だった。しかし、近代以降、「芸術は芸術のためだけに存在すべきだ」という西洋の芸術至上主義的で作品本位な考えが広まる中で、表具は絵などの「芸術作品」から切り離され、忘れられようとしている。今こそ、その豊かな世界を見直すべきだ。

36人の歌人を描いた鎌倉時代の絵巻物「佐竹本三十六歌仙絵」は大正時代、古美術商らによって歌人ごとに分割された。手に入れたのは「近代数寄者」と呼ばれた財界人たち。彼らは歌仙絵を華麗な表具で飾った。写真は、生糸貿易商の原富太郎(号・三渓)が購入した小大君像(重要文化財、鎌倉時代、奈良・大和文華館蔵)
各部分に名前と役割

掛け軸の主役である絵や書を「本紙ほんし」と呼ぶ。本紙を囲む部分にはそれぞれ、名前と役割がある。

本紙のすぐ上と下に付けられた細長い裂は「一文字いちもんじ」で、印金いんきんや金襴といった上等な裂が使われる。本紙の最も近くに位置する表具の要だ。本紙の周囲は「中廻ちゅうまわし」。「中縁ちゅうべり」とも言う。面積が広いため、掛け軸全体の印象を左右する。一文字に次ぐ上質な裂を用いる。

「上下」は掛け軸の一番上と下の部分で、「天地」とも。掛け軸を壁になじませる役目を担い、文様の目立たない緞子どんすなど、比較的地味な裂を合わせるのが一般的だ。

風帯ふうたい」は、上から2本垂らした細長い裂のこと。一文字と同じ裂にすることも多く、屋外で掛け軸を鑑賞する習慣があった中国で、ツバメよけのために付けられた名残という説がある。軸先は、軸木の両端に付けられた飾りで、軸首とも言う。掛け軸を巻く時に持つ。

各部の寸法には、全体をバランス良く見せるための決まった比率がある。本紙を表具の中央ではなく下方に配するのは、座って見上げた際に美しく感じられるようにするためでもある。

表具とは

書画の周囲 裂で飾る — 6世紀初め、仏教とともに伝来 
表具は表装とも言う。書画のたるみやしわを取るため、薄い和紙を裏打ちして真っすぐにした上で、周囲をふさわしい裂で飾る。書画は、表具を施して初めて「作品」として完成する。
6世紀初め、仏教とともに中国から伝来した。経巻を仕立てたのが始まりとされ、表装した仏画が布教に使われた。手がけたのは、装潢師そうこうし経師きょうじなどと呼ばれる職人たちだ。鎌倉時代の作とされる絵巻「法然上人絵伝」からは、仏画を表具して壁にかけていた様子などがわかる。
この頃から、仏画とともにさまざまな絵や書が表具されるようになった。室町時代に入り、書院造りが広がると、仏画や花鳥画を裂で飾った掛け軸が、床の間に掛けられるようになる。書画を高価な裂で美しく装うのは、日本ならではのスタイル。明との貿易を進めた足利将軍家の唐物からものコレクション「東山御物ごもつ」には、金襴きんらんなど、華やかな裂で表装した名品が多い。
一方で、禅宗などの影響を受け、千利休が大成させた「わび茶」の世界では、絵画に代わり、高僧による墨蹟ぼくせきなど書の掛け軸が好まれた。江戸時代になると、簡素を重んじる「わびさび」、わびに明るさを加味した「綺麗きれいさび」など、茶人の美意識を反映した「好み表具」が流行。「利休表具」や「遠州表具」(大名茶人の小堀遠州)がその例だ。
寺社が集中し、西陣の織物など上質な材料が豊富な京都で、公家文化などを背景に発展。江戸幕府が開かれると、大名屋敷の造営などを通じて江戸でも広まった。京表具は1997年、江戸表具は2022年に国の伝統工芸品に指定された。

(2025年10月5日付 読売新聞朝刊より)

Share

0%

関連記事