2021.10.1
国宝「土偶」(縄文のビーナス)
「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!
今回お話をうかがったのは、国宝の土偶2点を展示する、茅野市尖石縄文考古館(長野県)の両角優花・学芸員です。紹介してくださるのはそのうちの一つ、「縄文のビーナス」(茅野市尖石縄文考古館)。原寸大のレプリカを見せていただきながら、見どころをうかがいました。
-「縄文のビーナス」の魅力は?
通常の土偶に比べてかなり大きいです。一般的に土偶は10~15センチほどですが、これは高さが27センチもあります。また、土偶は通常、壊れた状態で出土するのですが、「縄文のビーナス」はほぼ欠けることなく、集落の広場の穴に横に寝かせた状態で出土しました。そうしたことから、個人の所有物ではなく、村全体で大切にした土偶なのだろうと思います。
多くの土偶が壊れて出土する理由には諸説ありますが、その一つは、病気の治癒です。例えば、右腕が痛い時に、土偶の右腕を壊して土に埋めることで、病気が良くなるよう祈ったのではないかということです。
頭の上を見ると、渦巻き模様がついていますね。頭の表現にもさまざまな説がありますが、その一つが、帽子です。耳のあたりが外側に出るように削り取られていて、帽子をかぶっているように見えませんか。もう一つの説は、髪形です。頭頂部の渦巻きが結い上げた髪の毛を表しており、小さな突起は、結い上げたお団子のヘアスタイルではないかと考えられているのです。
耳には、耳飾りをつける穴が開いており、横から見るとわかるのですが、鼻がとても高く、鼻の穴も開いています。釣り目とおちょぼ口は、このあたり、八ヶ岳山麓の土偶によく見られる特徴です。
―カワイイ系というよりはキレイ系の顔立ちでしょうか。おなかが出っ張っていますね。
妊娠していて、臨月のようです。土偶は、9割以上が女性像です。古代は、今と比べて出産もかなり大変ですし、生まれても大きくなる前に亡くなることが多かったので、安産祈願や、子どもの健康な成長への願いが込められていたのだろうと思います。
―表面が輝いていますね。
雲母という、キラキラ光る鉱物を混ぜた土で作られていて、かなりきれいに磨いてあります。「縄文のビーナス」は、ほかの土偶に比べて際立って雲母がみられ、角度や光の加減によっては、首から胸のあたりにかけて、キラキラと輝く雲母が確認できます。
実は、今年の5月末に考古館で開催された、「縄文のビーナス」を作る体験に参加して、マイ・ビーナスを作りました(笑)。
土偶作りの講師は、考古館の「土器サークル」のメンバーです。県内外から土器や土偶作りが好きな一般の方々が集まるサークルで、通常は、定期的に制作を行っています。
私が参加した体験講座では、実際の「縄文のビーナス」と同じように、石英や雲母を含む山砂を混ぜた土を使い、2日かけて形を作りました。それから長期間乾燥させて、今年10月に考古館の隣にある与助尾根遺跡で野焼きする予定です。
―実際作ってみていかがでしたか。
難しかったですね。一見、左右対称のようですが、意外と違うのです。最初にレプリカを使って、足や頭など、すべてのパーツを測ったのですが、右足の方が左足より少し短いなど、実際にやってみると、細かい部分までよくわかりました。
実物の「縄文のビーナス」は、中が空洞になっておらず、土がぎっしり詰まっている「中実土偶」と呼ばれるものです。ですが、それだと、焼く時に破裂しやすいので、体験教室では、粘土ひもを積み重ねる「輪積み法」で、中を空洞にしました。縄文時代の人は、よく割らずに焼き上げることができたなと思いますね。
おへその穴は竹串をさして開けました。縄文時代も、木の枝などを使ったのだろうと思います。おへその下の凹凸は、粘土ひもを貼り付けて作りました。作ってから削りとる方法でも作れると思います。
―一般の来館者も土偶作りの体験講座に参加できますか。
通常は、専門の職員が個人向けと団体向けに粘土を使った体験講座を随時開催しています。土偶作りは個人向けのみ行っています。当館は、国宝の土偶「仮面の女神」も展示していますが、年に1回だけ、私が参加したような、実寸大の「縄文のビーナス」と「仮面の女神」を作る講座も行っています。どちらも制作に2日かかるのですが、全国各地から申し込みがあるほどの人気です。
館内には、国宝の土偶のレプリカに触れる展示コーナーもあります。重さや出っ張り具合など、実際に持ってみないとわからないことも多いですよね。2021年秋には、レプリカを持つ体験教室も予定していましたが、感染症拡大防止のため臨時休館となり、残念ながら開催できませんでした。
考古館の売店では、「縄文のビーナス」や「仮面の女神」のレプリカも販売しています。実寸大に近いものから、小さいものまであり、専門家が一つひとつ手作業で作っているので、とても人気です。
そして、当館には、土偶のほかに、動物の装飾がついた、この地方独特の土器もあります。なかでも「蛇体把手付深鉢形土器」は、躍動感のあるヘビの装飾が施されていて人気です。ヘビは脱皮を繰り返すので、昔は生命の象徴と捉えられていたようです。こちらもぜひ、見ていただきたいですね。
◇ ◇ ◇
土偶を展示室で眺めるだけでなく、レプリカを持ってみたり、自分で作ってみたりと、楽しい体験ができる茅野市尖石縄文考古館。両角さんの解説で、国宝の土偶を身近に感じられたのではないでしょうか。次回は、考古館に勤めることになった運命的なきっかけ、そして、考古館周辺の遺跡群の魅力をうかがいます。
【両角優花(もろずみ・ゆか)】1996年、長野県生まれ。同志社大学文学部文化史学科卒。2019年、茅野市役所に入庁し、茅野市尖石縄文考古館へ配属となる。考古館勤務3年目。
プロフィール
美術ライター、翻訳家、水墨画家
鮫島圭代
学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/
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