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2020.12.25

青い日記帳「模型だからこそよくわかる、日本の建築技術の粋と人々の思い」

「日本のたてもの―自然素材を活かす伝統の技と知恵」展

神社にお参りに出かけ、拝殿の美しさや社全体の荘厳な雰囲気に魅了されることはあっても、屋根に注目することはまずないでしょう。けれども、神社の屋根こそ、海外では類を見ない伝統的な技が現れているのです。

2020年12月17日、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の政府間委員会(今年はオンラインで開催)で、日本から申請が出されていた「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」の無形文化遺産登録を決めたとのうれしいニュースがありました。

ユネスコ無形文化遺産に登録が決まった「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」には、国が選定した保存技術17件があります。その中のひとつ「檜皮葺ひわだぶき」こそが、神社の屋根に多く用いられている日本固有の伝統技術です。次に神社にお参りに行かれたら、屋根をしっかり見るようにしましょう。

とは言ったものの、神社でドローンを飛ばし鳥瞰ちょうかんするなどはご法度ですし、そもそも、本殿は奥まったところに鎮座しているので、その姿すら拝見できないことがあります。無形文化遺産に登録され、俄然がぜん興味が湧いてきたのに、たくても観られない。そんなジレンマを解消してくれるのが、東京国立博物館・表慶館で始まった「日本のたてもの―自然素材を活かす伝統の技と知恵」展です。

国宝・春日大社本社本殿の1/10模型
1987年(国立歴史民俗博物館)
※写真は中村剛士さん提供
屋根の檜皮葺がよくわかる春日大社本社本殿の模型
※写真は中村剛士さん提供

この展覧会では、春日神社本社本殿の1/10模型が展示されていますが、建物の全体像がわかる模型だからこそ、普段拝観できないものが、ぐっと近寄って細部に至るまで見られるのはもちろん、檜皮葺の屋根や鰹木かつおぎ千木ちぎに至るまで確かめられてしまうのですから、神社建築好きとしては、たまらないものがあります。

「日本のたてもの」 展は、神社建築だけでなく、登呂遺跡の竪穴式住居から松本城天守に至るまで、精巧に作られた日本の伝統建築模型約20点を展示しています。数が少ないと思われるかもしれませんが、一点一点が大きく、見どころが多いので、これでも逆に数が多いくらいです。中には、明治4年(1871年)11月17日に、皇居吹上御苑ふきあげぎょえんで営まれた大嘗祭だいじょうさいの様子を今に伝える「明治天皇大嘗祭宮院」の模型も出ています。

表慶館のエントランスに展示されている(左から)一乗寺三重塔、法隆寺五重塔、石山寺多宝塔(いずれも国宝)の1/10模型 ※写真は中村剛士さん提供

ところで、西洋人に比べ、日本人は没個性的だと言われることがありますが、その指摘は正しくないことが日本の建築物を見ていると分かります。それぞれにとても個性的で、実に様々な建物が街中にあふれています。ちょっと表に出て自宅の周りを見ただけでも、驚くほどバラエティーに富んだ建物を目にできるはずです。

先日、青森県弘前市を訪れた際も、建築物の多様性を強く感じました。弘前城を中心に、日本最北に位置する重要文化財の最勝院五重塔や、東北に2件しかない栄螺堂さざえどうなどの寺院建築や、明治、大正時代に建てられた教会や洋館、そして、ル・コルビュジエに師事した前川國男くにおによる近代建築の数々など、建築物だけを見てまわっても何日も要するほど、多くの建物がありました。

そして、それらをなるべく後世に残し伝えんとする思いも感じられるのです。スクラップアンドビルドが一概に悪いわけではありませんが、歴史的な建造物は、なるべくなら、補修を加えながら残しておきたい貴重な文化資産です。「日本のたてもの」 展では、日本特有の自然環境や社会的条件に合わせて発展を遂げてきた寺院、神社、住宅、城郭などを精巧な建築模型を通して俯瞰ふかんできるまたとない機会であり、そうした人々の思いがぎゅっと詰まっている展覧会です。

登呂遺跡復元住居(右)と国宝・慈照寺東求堂の模型 ※写真は中村剛士さん提供

それにしても、寺社仏閣など文化財建造物のこんなにリアルな建築模型が、どうして作られたのでしょう。会場で見れば分かりますが、個人が趣味で作れるレベルをはるかに超えているものばかりです。「これはもっと大きな力が働いているに違いない」と思い、調べてみると、何と文化庁肝いりのプロジェクトなのでした。昭和35年(1960年)から、文化庁が行っている文化財建造物模写・模造事業として、歴史的建造物の模型を作ってきたそうです。

日本の文化財建築は、常に修復が必要です。例えば、京都・西本願寺では今、阿弥陀堂、飛雲閣、唐門からもんと、約5年の歳月をかけて修復工事を行っています。文化財建造物模造事業の模型は、基本的に実際の1/10縮尺で製作されているそうです。その理由としては、寸を尺に、尺を寸にするだけで、容易に換算できる利点を生かすためとのこと。納得です。西本願寺の桃山時代の意匠を現在に伝える唐門(国宝)の修復に際しても、建築模型が使われています。

国宝・唐招提寺金堂の1/10模型
1963年(東京国立博物館)
※写真は中村剛士さん提供

現代の我々の感覚からすれば、時間のかかる建築模型など製作せずとも、コンピューターグラフィックスやCAD(コンピューター支援設計)といったツールを使えば、いかようにも伝統建築の姿を残せるように思えます。しかし、人の手を介して、あえて手間をかけることでしか伝えられないことが、展示された建築模型を見ると分かるはずです。それこそが「人の思い」であり、目に見えなくとも、多くの人の心を揺さぶる原動力となっているのです。

展示されている建築模型の中には、分割され、内部構造まで子細に見られるようにしてあるものも多くあります。ユネスコ無形文化遺産に「伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術」をなぜ登録する必要があったのかも、この展覧会を見れば合点がいきます。と同時に、自然を最大限に生かす日本の伝統の技と知恵を再認識する好機でもあります。

内部もしっかりと作られている唐招提寺金堂の模型
※写真は中村剛士さん提供

なお、「日本のたてもの」展は東京国立博物館だけでなく、以下の2館でも開催されています。展示内容や会期がそれぞれ違うのでご注意下さい。

  • 国立科学博物館
    テーマ:近代の日本、様式と技術の多様化
    2020年12月8日~2021年1月11日
  • 国立近現代建築資料館
    テーマ:工匠と近代化ー大工技術の継承と展開ー」
    2020年12月10日~2021年2月21日

「日本のたてもの」展公式サイト

中村剛士

プロフィール

ライター、ブロガー

中村剛士

15年以上にわたりブログ「青い日記帳」にてアートを身近に感じてもらえるよう毎日様々な観点から情報を発信し続けている。ウェブや紙面でのコラムや講演会なども行っている。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』『失われたアートの謎を解く』(以上、筑摩書房)、『カフェのある美術館』(世界文化社)、『美術展の手帖』(小学館)、『フェルメール会議』(双葉社)など。 http://bluediary2.jugem.jp/

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