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2021.1.21

過去から未来へのバトンリレー 文化財修理に秘められたストーリーをご紹介~京都国立博物館の特別企画「文化財修理の最先端」

日本初の公営修理施設として1980年に設置された京都国立博物館の「文化財保存修理所」。2020年に開所40周年を迎え、京都国立博物館としては初の「文化財修理」を切り口にした展覧会が開かれています。

日本の文化財は、木や紙など、大半が脆弱な有機物を素材として作られています。そのため、約100年に1度は定期的な修理を行う必要があります。今、私達が絵画や彫刻などの文化財を目にできるのは、時代時代の誰かが「後世に伝えよう」と修理を行ったからに他なりません。

「文化財修理」と聞くと、つい専門的で難しそうなイメージを抱きがちになりますが、文化財の所蔵者、研究者、修理技術者の3者が次世代に残そうと努めたストーリー(背景)に視点を移して作品を観ると、まったく違う日本美術の味わい方が楽しめます。

近年の成果のなかで、特に注目される作例から「この作品の修理作業中にこんな発見があったのか!」「研究者はこんなふうに考えたのか!」といった驚きの数々をご紹介します。

「どこまでが文化財?」

西洋画で絵にふさわしい額縁を選ぶように、日本では表装(書画の保存と鑑賞のために布・紙などで縁どりや裏打ちなどをして掛軸・額に仕立てること)で、その書画に相応しい染織品をあわせます。本体の書画が文化財なのはもちろんですが、その染織品はどうでしょうか? 通常、修理の際には、本体を守るため交換されるのですが、その染織品(表具)自体も歴史的価値を有した文化財というケースもあるのです。

豪華な表装裂をできる限り再利用して修理された「維摩居士像(ゆいまこじぞう)」(伝・李公麟筆/京都国立博物館蔵)=写真右、2020年12月18日撮影

写真右の重要文化財「維摩居士像ゆいまこじぞう」(伝・李公麟筆、京都国立博物館蔵)は、福岡藩主の黒田家に伝来した中国絵画。大名家ゆかりの豪華な表装きれをできる限り再使用して、経年の汚れを除去し、汚れの激しかった上下のみ、同系の裂を新調するという方法で修理されました。

修理の方法は、所蔵者、研究者、技術者の三者がそれぞれの見識を持ち寄って決めるのですが、研究者が、事前調査の段階から、できる限り見落としが無いよう「どこまでが文化財なのか?」を考え、技術者がその技をもって答え、形にしたかが分かります。

「文化財によっては、実際に伝えられた信仰の意図(所蔵者の考え)と研究者の意図が異なる場合もあります」と説明する森道彦研究員

他にも、過去の修理や後補について「どういう文脈でなされたものか、後顧の憂いにならないよう考えます」と森道彦研究員。日本の文化財は宗教美術が多く残っているため、文化財によっては、実際に伝えられた信仰の意図(所蔵者の考え)と研究者の意図が異なる場合もあるのです。

例えば、元々は描かれていないのに、後補で別の仏様が描かれていた場合、「お寺側は仏様を大事にしたいので修理される。私たちが『取ったほうがきれいになるから』とは一概に言えません。ただ、『全体として取ったほうが元々の部分がもっと残るようになりますよ』と伝えることはあります。どこが皆にとっての着地点なのか、よく話し合うことが大事です」(森研究員)

ちょうど良いバランスを探し、皆で話し合って詰めていく難しさや、倫理観が問われるといいます。

修理がもたらした新発見

文化財の修理では、仏像の胎内や絵の裏など普段目にすることができない部分を見ることができるため、驚くような新発見があることも。

伊藤若冲「石燈籠図屏風」(京都国立博物館蔵)

花鳥風月を主に描いた江戸時代中期の画家・伊藤若冲の「石燈籠図屏風」の全面解体修理(2017~18年)では、ふたつの発見がありました。

ひとつが屏風の縁を押さえる添え木「襲木おそいぎ」から、『天明三年 上京黒門通中立売上ル 柴田宇兵衛作』『天明三年 黒門中立売上ル 柴田宇兵衛制作』の墨書が発見されたこと。

旧襲木墨書

もう1つが縁裂ふちぎれの下から『生島子石画後々余遇也「若冲居士」(朱文円印)』の墨書が発見されたことです。

墨書・印が見出されたときの状況

福士雄也研究員は、前者に関して「制作年を示す可能性がある」と語り、後者を「筆跡や印章から若冲自筆であることは間違いなく、生島なる人物の発注によって制作されたことを意味する可能性がある」と説明しています。

見えなくなる部分にも関わらず、画家自ら墨書し、捺印した極めて珍しい事例で、「若冲にとって思い入れがある特別な作品なのでは」と福士研究員。画家がどのような思いを込め描いたのか、作品背景を想像する手がかりが、修理作業を通して分かった事例です。

他に、現在はそれぞれ別の寺が所蔵しているものの、修理の際に旧軸木墨書が発見され、本来は一緒に安置されていたことが分かった事例もあります。

「兜率天曼荼羅図」(京都・興聖寺蔵、右)と「阿弥陀浄土図」(京都・海住山寺蔵、左)。本来は一具をなし、海住山寺経蔵に安置されていた

写真右の「兜率天とそつてん曼荼羅図まんだらず」は現在、興聖寺(京都)所蔵ですが、写真左の「阿弥陀あみだ浄土図じょうどず」を所蔵している海住山寺(京都)がもともと所蔵していたことが分かりました。

通常、軸木は、経年の歪みなどのため、修理と合わせて交換されることが多く、制作当初のものである可能性が高い軸木が、700年以上の時を経て現存していたことにも驚かされます。過去の修理に携わった人たちが、旧軸木ごと後世に残す重要性を認識していたことが分かり、会場では、作品が並んだ様子から往時を追体験できます。

多くの人の手を経て、過去から未来へ

過去から未来へバトンを繋いでいく文化財の修理。近代以降、素材や技法の科学分析も進み、それに応じた技法が採用されるようになりましたが、伝統的な技術を基本としているのは変わりません。そうした技を受け継ぐ技術者だけでなく、作業に必要とされる伝統的な道具を作ったり、材料を育てたりする担い手も少なくなってきています。修理技術の継承は大きな課題です。

また、修理して終わりではなく、修理後の保管環境も重要です。文化財の修理はおよそ100年に一度とも言われ、森研究員は「(文化財の修理に携わることは)何度もできることではないと身にしみます」と話します。多くの人の手を経て、思いが込められたものが文化財なのだと改めて気付かされます。

京都国立博物館 文化財保存修理所開所40周年記念 特別企画「文化財修理の最先端」

会場:京都国立博物館 平成知新館2F・1F-1、3~5
会期:2020年12月19日(土) ~ 2021年1月31日(日)
休館日:月曜日
開館時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
観覧料:一般700円、大学生350円
https://www.kyohaku.go.jp/jp/project/conservation_2020.html

いずみゆか

プロフィール

ライター

いずみゆか

奈良大学文化財学科保存科学専攻卒。航空会社から美術館勤務を経て、フリーランスライターに。関西のニュースサイトで主に奈良エリアを担当し、展覧会レポートや寺社、文化財関連のニュースなど幅広く取材を行っている。旅行ガイド制作にも携わる。最近気になるテーマは日本文化を裏で支える文化財保存業界や、近年復興を遂げた奈良県内の寺院で、地道に取材を継続中。

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