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2019.8.18

【橋本麻里のつれづれ日本美術】私が日本美術にまつわる「何でも屋」稼業に就いたわけ

「京のかたな」展での一コマ。中央が筆者(筆者提供)

本サイトの立ち上げと同時に、日本美術をテーマに連載コラムを執筆することになった。日本美術について、鑑賞から売買、修復、教育、研究エトセトラ、何でも書いてよござんすよ、と編集部からは太っ腹の仰せである。というのは、連載に先立つ打ち合わせで、ネタ候補をあれこれ思いつくままに挙げたところ、どれも捨てがたいという欲張りな担当編集者の裁量で、「展覧会紹介」や「古美術商探訪記」のようにテーマを固定せず、日本美術まわりなら何でも、となった次第。

ネタの方向性がてんでバラバラなのは、ここ数年、企画して取材に行き記事を書いて……という、いわゆる「ライター・エディター」の 範疇 はんちゅう に収まりきらない、日本美術周辺の仕事が増えているから。そこで初回は自己紹介を兼ねて、私の手がけている仕事の周辺について、名刺代わりに書いてみたい。

科学の分野で例えるならば

企画、執筆、編集、コーディネーション、広報、審査、講演その他、業務としてはバラバラだが、ざっくりまとめるなら、ハードコアな日本美術を「翻訳」して非専門家へ効果的に伝える、日本美術にかかわる人・もの・ことの間の橋渡しをする、というあたりが、私の仕事の中心だ。

たとえば科学・技術の領域には、「サイエンスコミュニケーター」という職種がある。国立科学博物館(東京・上野)の「サイエンスコミュニケータ養成実践講座」では、「人と自然と科学が共存する持続可能な社会を育むために、誰もが科学について主体的に考えて行動できるきっかけを提供し、人と人あるいは科学と社会をつなげる」と、また北海道大学の科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)では、「科学技術の専門家と一般市民との間で、科学技術をめぐる社会的諸課題について双方向的なコミュニケーションを確立し、国民各層に科学技術の社会的重要さ、それを学ぶことの意義や楽しさを効果的に伝達する役割を果たせる人」と定義している。

「サイエンスコミュニケーター」のような肩書はないが、こうした役割を日本美術の領域で試みているのが、今の自分の仕事ではないかと考えている。

たとえば、広告撮影のロケーション・コーディネートの依頼では、こんなオーダーがあった。「ウィスキーのグラスを、いい感じの壁の前で撮りたい──茶室とか」。ボトルとグラスをぽつんと置いてサマになる、荒々しすぎず、おとなしすぎずな雰囲気のある土壁で、できれば一般にはあまり知られていないところ……という難易度の高い要望である。この時は3か所の茶室に許可を取り(うち2か所は重要文化財)、茶室を傷つけることのないよう、機材の扱いを含めて事前レクチャーをし、真冬の早朝撮影に連日立ち会った。

新規開業の準備を進めるホテルからの、本物の日本美術を客室からパブリックスペースまで置きたい、海外からのゲストが日本文化を体験できるようにしてほしい、という依頼もある。全体のコンセプト設計から作品の選定、購入、軸物の表具や立体作品を安全に設置する方法の検討、現代の工芸作家とコラボレートしたインスタレーション作品の制作まで、2020年初頭の開業を目指す数年がかりのプロジェクトも、そろそろ大詰めを迎えようとしている。

雑誌の特集制作は修羅場!

かと思えば、もともと雑誌の仕事を中心にしていたため、今でも「和樂」(小学館)の国宝の見方をテーマにした連載のほか、年に1度くらいの頻度で、大きな特集も担当している。昨年秋の「BRUTUS」(マガジンハウス)刀剣特集、今年春の「BRUTUS」曜変天目特集は、ご記憶の方もいらっしゃるだろう。

「BRUTUS」2019年5月1日号(マガジンハウス刊)

通常は複数の編集者、ライターが寄ってたかってつくるところが雑誌の 醍醐味 だいごみ なのだが、「BRUTUS」の美術特集については、もう何年も「ほぼ一人書き」という特殊なスタイルで参加している。

執筆だけでなく、企画そのものから提案し、編集者2人、メインライター1人というミニマムなチームで、60〜70ページの特集を制作する。だが、かけられる時間は、ライターが1人でも10人でも変わらない。雑誌の特徴である「手分けして書いて一気に入稿」が不可能な締め切り時は、文字通り不眠不休の修羅場になる。1人で書いているライターばかりでなく、編集、校閲、印刷と各方面に無理を押し通しての作業になるが、結果的に生まれる「雑誌らしからぬ偏り方」を、読者や編集部が面白がってくれることで、企画が続いてきた。

もっとも記事を書けばそれで終わりではなく、大きな展覧会が特集のベースになっている場合、そのまま展覧会自体の盛り上げ役を務めることも少なくない。グッズ制作、テレビやインターネット動画の美術番組への出演、展示館での講演やイベント出演、鉄道会社や旅行会社と組んだ特別観覧ツアーの企画と、会期を通じてやることは多い。

大学で学んだのは…美術史ではありません

と、ここまで書いてみたが、まだほんのさわりに過ぎない。普通に美術史の勉強をして、学芸員や研究者としてこの世界に入ったのであれば、こんな「何でも屋」稼業にはならなかったと思うのだが、私自身の大学までのバックグラウンドは、実は日本美術とまったく関係がない。国際基督教大学(ICU)の国際関係学科出身で、「日本」でもなければ、「美術」ですらなかった。それがどうしてこうなったのか……は、また次回。

橋本麻里

プロフィール

ライター、エディター。公益財団法人永青文庫副館長。

橋本麻里

新聞、雑誌への寄稿のほか、NHKの美術番組を中心に、日本美術を楽しく、わかりやすく解説。著書に「美術でたどる日本の歴史」全3巻(汐文社)、「京都で日本美術をみる[京都国立博物館]」(集英社クリエイティブ)、「変り兜 戦国のCOOL DESIGN」(新潮社)、共著に「SHUNGART」「北斎原寸美術館 100% Hokusai !」(共に小学館)、編著に「日本美術全集」第20巻(小学館)ほか多数。

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