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2020.2.12

気になる点と線を紡いで美術をより楽しく! 橋本麻里さんナビゲート「2020日本美術展の歩き方講座」完全リポート

美術ライターの橋本麻里さんが2020年に各地で行われる日本美術の展覧会を紹介し、見どころなどを解説する「紡ぐ presents 2020日本美術展の歩き方講座」が2月6日夜、読売新聞東京本社で開催された。抽選で選ばれた「紡ぐ TSUMUGU: Japan Art & Culture」のユーザー約80人がトークを楽しんだ。橋本さんの講演内容を紹介する。

橋本流「日本美術の楽しみ方」はマップ作り

美術館には常設展と企画展・特別展の2種類の展示があります。常設展は館のポリシーやコンセプト、底力を表します。特別展・企画展は、テーマ性を際立たせ、他館からも作品を借りて、そのとき限りで展示する場ですが、数年後の別の展示につながることもありますから、記憶・記録にとどめておくと面白くなるかもしれません。

「若冲が好きだ」とか、「阿修羅像がかっこいい」とか、いろいろな動機で展覧会に行かれると、自分の中で単体の作品、「点」の記憶がたまっていきます。そのうちに、何となく前に見たあの作品とこの作品、あるいは作家同士で何かつながりがありそうだな、と気づかれるかもしれません。そうやって点と点を意識的につなげていただくと、展覧会を見ることが面白くなっていくと思っています。

たとえば、日本美術の展覧会で白磁にブルーの顔料(呉須、酸化コバルト)で絵付けをしたブルー&ホワイトの磁器、「染付そめつけ」を見たとする。フェルメールの絵を見た時に、その中にブルー&ホワイトの器が描かれていることに気がつく。これは日本の染付なのか、あるいは、その手本となった中国の「青花(白磁に酸化コバルトで絵付け)」なのか。またあるいは、それをコピーしたオランダのデルフト焼なのかもしれない。

このように美術に関連したアンテナは、歴史や経済の話、また顔料にフォーカスすれば自然科学の方面にも広がっていきます。そうすれば、美術がより深く、楽しく見えてくるようになるかもしれません。自分の関心や事象のつながりを自分自身で広げていけば、点が線になり、線が錯綜するうちにマップをかたちづくる。美術史の面から当時の政治経済や自然科学など、レイヤー(層)の違うところに線が走って行くことで、それが立体的にもなっていくのです。

また、日本では非常に多様な美の価値観が生まれ、育っています。いかにも、といった「わび・さび」だけでなく、日本美術の中に含まれている多様性に敏感になりながら見ていただくと、紡がれていく線がより増えていくのではと思います。

同行者も含めて500人を超える応募があった。開場時間前から列ができるなど、熱心な美術愛好家が会場につめかけた
考古学会の常識を覆す発見に出会える「出雲と大和」

今年はいろいろな展覧会があります。今回は私なりにテーマをつくって展覧会を選びました。まずは、特別展「出雲と大和」(東京国立博物館、~3月8日)。今日の考古の現場では、常時見解が更新されています。そうした最新の成果とともに、神話や日本の始まりにまつわる様々な出土品などを紹介しています。

今回の見どころのの一つは、銅剣や銅矛など青銅器の祭祀さいし具の展示でしょう。以前は北九州に銅剣・銅矛の文化、大和には銅鐸どうたくの文化という二大文化圏がある、などと言われていて、出雲はそのどちらからも離れているという考え方がされていました。それが、1983年に荒神谷こうじんだに遺跡(島根県出雲市)で膨大な青銅器が発掘されます。銅鐸と銅剣類は一緒に出土しないというのがそれまでの常識でしたが、すべてまとまって出てきてその常識が覆りました。

さらに加茂岩倉遺跡(同)からも多くの銅鐸が見つかります。その中には、離れた場所で発掘された銅鐸と、同じ鋳型から鋳出されたものだとわかる「同氾銅鐸」も複数認められました。その分布は出雲だけでなく、鳥取県、奈良県、和歌山県などに広がっています。それが何らかの理由で別の地域へ運ばれ、ある時期一斉に埋納された。おそらく当時、何か大きな社会的変動が起こったのではと考えられています。社会の変化、それも強大な王の出現のような政治的・宗教的権力の一新が起こった。古代における大きな転換期を示しているのが、この銅剣、銅矛、銅鐸類になります。

それから鏡。展示されている画文帯神獣鏡がもんたいしんじゅうきょうは、中国のテクノロジーでしかなしえない精緻せいちさで作られている。日本でそれをまねして作ったのが、三角縁神獣鏡ぶちしんじゅうきょうです。

鏡、剣、さらに玉を加えれば、おなじみの三種の神器です。古代における三大副葬品といえばいいのでしょうか、権力者の威信を飾るために用いられ、副葬されました。こういった副葬された宝物類は、どんな意味を持っていたのか。鉄剣、鏡は渡来の新しいテクノロジーを意味しています。非常に貴重で、富を費やさなければ手に入らない。またそれを取引するための、交渉の窓口も作らなければならない。つまり、外交、通商に関する大きなリソースを持っている、という証しになります。

一方、玉は縄文時代から、大きな玉が集団のリーダーの墓に添えられるなど、古墳時代まで権力や霊威の象徴になっていました。6世紀中頃以降は、出雲が玉造りを独占するようになり、製造された玉は大和へ献上されて、儀式の中で霊威を与えるものとして天皇に奉られ、ほかの首長たちにも配布されました。

新しい軍事力・外交力・技術を象徴する剣と鏡、伝統があり古い日本を象徴する玉の三つの宝物をすべて掌握するものが、支配者として現在の天皇家となり、ヤマト朝廷の代表者、ほかの豪族を従える者として支配権を確立していったのです。

この展覧会が面白いのは、さらに中国から仏教が伝来し、また新しい日本になっていく時代まで語られることでしょう。現在のお寺は、伽藍がらんの中心は本堂ですが、法隆寺や飛鳥寺の時代は塔でした。インドでお釈迦しゃか様が亡くなったときに仏舎利を埋納した仏塔(ストゥーパ)ですね。塔の下には仏舎利が埋まっていますが、古墳の副葬品とほぼ同じものも同時に見つかっています。新しい世界宗教である仏教を受け入れながら、そこにそれ以前の日本の宗教性や伝統を加えている。東大寺三月堂(法華堂)の不空羂索観音ふくうけんさくかんのんは、宝冠の部分に、弥生~古墳時代の勾玉まがたまが飾りとしてついています。日本の「ミックスカルチャー」ぶりがわかりますね。

時代の一大転機を味わえる「法隆寺金堂壁画と百済観音」

仏教つながりで、特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」(東京国立博物館、3月13日~5月10日)も見逃せません。法隆寺の金堂壁画の焼失は、文化財保存に関する近代の政策転換の一大契機となりました。現在は、この焼失前に模写されていたものが再現され、本尊を取り囲んでいます。中国・敦煌とんこうの石窟壁画と非常に近い、エキゾチックなくま取りが施された異国風の仏たちが描かれています。

法隆寺の金堂壁画とほぼ同時代に描かれたのが、奈良県明日香村にある高松塚古墳の壁画です。これは終末期の古墳で、かつての巨大な前方後円墳のように墓の外形の大きさによって人々の威信を集めるのではなく、(壁画という)墓の内側へ人々の関心が向かっていく様子を示しています。

そして百済観音です。美しいですね。最初期の仏像で、2メートル以上もある。同時期の仏像と比べても、彫像の表現として立体的です。飛鳥時代前期の作と言われてきましたが、もう少し下るのではとも考えられています。お寺では長らく虚空蔵菩薩だと言われてきたのですが、宝冠が見つかり観音菩薩であることがわかりました。しかも、虚空蔵菩薩という文字資料が見つかるのが江戸時代で、来歴にも謎に包まれている部分が多い。そういう点も、この仏を魅力的に感じさせるのかもしれません。

日本刀の誕生の秘密を探る二つの展覧会

剣の話から、最古の日本刀の世界へ行きましょうか。「最古の日本刀の世界 安綱やすつな古伯耆こほうき展」(奈良・春日大社、~3月1日)には、古墳時代に作られた直刀でありながら、地鉄じがね刃文はもんもわかる刀が出展されています。そこから色々な経緯を経て、鎬造りの湾刀 (反りのついた刀) =日本刀へと形が変わっていく過程を示しています。

同じく、日本刀にいたる過程を紹介しているのが、「名刀への道」(静岡・佐野美術館、~2月16日)です。東北で作られた蕨手刀わらびてとうは、日本刀に影響を与えたと言われていますが、刀身ではなくつかの部分が反っているのがポイントですね。日本刀は、刀身が外側へ反るようになっていく。現在では、中央(近畿地方)で作られつつあった湾刀の技術、スタイルが、大和朝廷が東北へ勢力を伸ばしていく過程で東北へ影響を与えて、蕨手になったのではないかと考える研究者もいます。

よみがえる天平の楽器 音も堪能

続いて紹介するのは、特別展「よみがえる正倉院宝物―再現模造にみる天平の技―」(奈良国立博物館、4月18日~6月14日)。文字を得た日本は、法律や行政の体系を整え、律令制国家として国際社会にデビューします。この時、外交・通商を通じて日本に入ってきたものが正倉院宝物として今に伝わっているわけです。奈良国立博物館ではこの宝物を修復し、再現模造も行った数百点の中から、特に優れた約100点を紹介します。

一押しは、螺鈿紫檀五絃琵琶らでんしたんのごげんびわでしょうか。中近東で作られた楽器は、ヨーロッパに伝わってリュートやギターに、あるものは中国から日本に伝わり、現在見るような琵琶になりました。そのルーツといえる楽器です。材料は見るからにエキゾチックで、南洋のタイマイの甲やヤコウガイが使われています。紫檀も南洋の材です。日本文化のルーツではあるのですが、現在の我々が知るわび・さびの日本とは違うことがおわかりいただけると思います。そして、ハープのような弦楽器の箜篌くご。大英博物館のアッシリアのコーナーにある壁画にも登場します。

実際の箜篌、五絃琵琶の音を聞けるのが、特集展示「復元された古代の音」(東京・半蔵門ミュージアム、~3月1日)。華麗な飾りは施されていませんが、五絃琵琶や箜篌などの古代の楽器、もはや正倉院にも実物は存在しないけれど、文字資料を参照して再現した大篳篥ひちりきもあります。来迎図の中に描かれたり、高畑勲監督のアニメ映画「かぐや姫の物語」で、天人たちが手にしたりしている楽器ですね。その場で音を出してみるわけにはいきませんが、奏でた時の音が聞けるようになっています。

「伝統芸能」展で学ぶ雅楽の今昔

こういった正倉院に奉納されている楽器は、現在まで存在し続けているものも、まったく違う楽器となっていったものもあります。そういった楽器とつながっているのが雅楽です。雅楽を知ることができる展覧会が、特別展「雅楽の美」(東京芸術大学美術館、4月4日~5月31日)、と特別展「体感!日本の伝統芸能―歌舞伎・文楽・能楽・雅楽・組踊の世界―」(東京国立博物館、3月10日~5月24日)です。後者は、雅楽からさらに先の歌舞伎や文楽、能楽などもあわせて紹介する展覧会ですが、その中の雅楽パートをご案内します。

雅楽は現在も宮内庁の式部職、楽部に受け継がれています。楽部の定員は26人ですが、本来、平安時代初期の雅楽寮は500人、「二官八省」のうちで最大の人員を抱える役所でした。その大編成でやっていたことを、今26人でできるかというと難しい。奈良時代に遡る、雅楽を伝承してきた家、楽家の出身者だけでは立ちゆかないので、今は15歳以上の、楽生となる人を募集して教育し、楽士の方が退職されるときに新しく入省するシステムをとっています。

楽部の方々は雅楽だけをやっていればいいというわけではありません。例えば、国賓を迎えての晩餐ばんさん会では、オーケストラに早変わりして西洋音楽を奏でることも仕事です。だから楽部の方に「担当の楽器は何ですか」と聞くと、「しょうとバイオリンです」などとおっしゃる。本来は、様々な儀式、神事に楽を添えるのが役割ですが、5月と10月には、一般の方に向けての公演も行われます。

実際に雅楽を耳にする機会は多くありませんが、ここから取られて現在、日常で使われている言葉もたくさんあります。たとえば「打ち合わせ」。元々は打ち物、太鼓のようなパーカッション系楽器の方々が調子を合わせるために、最初に打ち合わせをするところが語源だと聞いています。

自由で楽しい着物ライフに原点回帰

最後に着物の話をしておきましょう。特別展「きもの KIMONO」(東京国立博物館、4月14日~6月7日)です。東京国立博物館で、これほど大規模な着物の展覧会は40数年ぶり。現在、我々が着物を着てお出かけすると、帯の結び方がどうとか、「着物警察」の方々に注意をされかねないのですが、かつての着物はとても自由でした、ということがよくわかる展示です。

目玉の一つは、尾形光琳が着物に直接絵を描いた小袖「白綾地秋草模様しろあやじあきくさもよう」です。体験コーナーでは、特殊な紙にこの小袖の絵柄を印刷したものを、実際に身にまとうことができるそうです。

帯もかつてはヒモのような細いものでしたが、18世紀くらいから今の技巧的な結び方が始まり、帯締めなども使われるようになりました。絵画などからは、着物の歴史、髪形の歴史もたどることができます。髪形も自由ですよね。今着物を着るとなると、まず美容院でセットをしなきゃ、となりますが、垂髪で過ごしている様子が、近世初期の屏風びょうぶからわかります。

日本書紀から始まり、着物の展覧会まで幅広くご紹介しました。複数のテーマや場所、作品がつながり合う、そのつなぎ目を少しだけご覧になっていただけたと思います。

そして皆さんが何に関心をもち、アンテナを伸ばすかによって、ひっかかってくるものは違うと思います。特別展で見逃してしまったものが、常設展に出ていることもよくあるので、展覧会に行かれたら、ぜひその館の常設展もじっくり見ていただくと、より豊かな経験ができるのではないでしょうか。

会場との質疑応答

Q;めったに美術館に足を運ばれない方に、美術鑑賞の良さをどう伝えればいいでしょうか。

(橋本さん)私が美術館に行くようになったのは、社会人になった頃からです。それまで上野に行くといえば行き先は国立科学博物館で、恐竜の骨を見ている方が楽しかった。

美術に出会うタイミング、面白いと思うタイミングは人それぞれで良いと思っていて、無理に興味を持とうとする必要もないと思います。たまたま自分の興味・関心と合致するものが来た時が出会い時で、焦らなくて良い。また、自然科学、歴史、経済、あるいは宗教など、美術から伸びている様々な「トゲ」にひっかかる関心が、自分の中にたくさんあればあるほど楽しめると思います。

そういう意味では、経験や知識の多い年配の方に利があるかもしれません。見始めたのが60代でも、むしろ楽しめるのではないでしょうか。何か自分の琴線に触れるものが来た時につかまえていただければ、新しい世界が広がると思います。

Q;陶器や磁器に興味があるのですが、初心者向けにおすすめの書籍はありますか。

(橋本さん)陶磁器は日本だけでなく中国、朝鮮半島、西洋にも色々あり幅広いですね。本当にはじめてであれば、東京美術が出している「すぐわかる○○」シリーズはどうでしょう。分厚い本は挫折するので、薄ければ薄いほどよいと思います。

東京の出光美術館は、陶磁器の展示が多いのと、色々な時代やテーマをまんべんなく網羅しながら展示しているので、おすすめです。ミュージアムショップにはこれまでの図録や関連書が豊富に置かれているので、そこで探してみるのも一つの手かもしれません。

出光美術館は陶器の破片もたくさん持っておられて、常設の展示スペースで見ることができます。破片、断面を見ると、釉薬ゆうやくや器体の土など、外側からでは見えない部分について、わかることがたくさんあります。非常に面白いので、行かれてはいかがでしょう。

Q;美術館や博物館はペンが使えないこともあり、見た時の感動が頭に残らない。記憶のコツはありますか。

(橋本さん)ペンは使えませんが、鉛筆は使ってOKです。展示品リストをもらえますから、そこに印象に残ったことを一言メモするだけでもだいぶ違いますね。また、混んだ会場ではやりにくいのですが、気になる美術品をスケッチしてみるのもいいかもしれません。特に書の展覧会だと、皆さん指で空中になぞり書きされていることが多い。古典をお手本にして、似せて書く練習のプロセスがあるからです。展示品を自分の目で捉えて、メモを残す、スケッチしてみる、そういうことからかなと思います。

講演後には、「紡ぐ TSUMUGU: Japan Art & Culture」の記事を元にしたクイズ大会が行われた
クイズの正解者には橋本さんの著書などがプレゼントされ、橋本さんがサインを書き入れた

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