日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2025.7.2

泰平の祈り 復曲の「八重桜」― 7月21日に東京で初上演(国立能楽堂)

「座・SQUARE」の(左から)山井綱雄、高橋忍、辻井八郎、井上貴覚=三浦邦彦撮影

古都・奈良で大切にされてきた桜「ナラノヤエザクラ」を題材にした能「八重桜」が〔2025年〕7月21日、東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂で上演される。長らく途絶えていたが昨年、奈良市の公演で復曲され、奈良以外での復曲上演は初となる。金春こんぱる流能楽師4人による「座・SQUARE(スクエア)」の公演で披露される。(文化部 武田実沙子)

けふ九重に…とうたわれたナラノヤエザクラが題材 
ナラノヤエザクラ

国の天然記念物 

「ナラノヤエザクラ」は、中宮彰子に仕えた伊勢大輔いせのおおすけが、「いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重ににほひぬるかな」と詠んだ桜とされる。その木は長らく幻だったが、1922年に東大寺知足院の裏山で発見され、同所の桜は国の天然記念物に指定されている。

この桜の保護育成に取り組む「奈良八重桜の会」が、能「八重桜」の復曲を金春流能楽師の金春穂高に依頼。室町時代に作られ、江戸時代以来上演がなかった「八重桜」が昨春、久々に日の目を見た。

さらに、今年5月には春日大社や興福寺で行われた「薪御能たきぎおのう」でも上演。シテ五流で最も歴史が古く、奈良に起源を持つ金春流は、「八重桜」を一般的に上演される現行曲に決めた。

5月の薪御能で披露された「八重桜」。金春穂高がシテを勤めた(写真・芝田裕之)
金春流「座・SQUARE」公演で 

復曲初演時に地謡を勤めていたのが、「座・SQUARE」のリーダー、高橋忍。奈良県出身で思い入れが強く、「奈良の景色が織り込まれている演目を、東京で紹介したい」と、今回はシテを勤める。

物語は、満開の八重桜を眺めていた帝の臣下が、春日明神に仕えるという老人に出会う。老人はこれこそが歌に詠まれた桜であると言い、明神の来歴について語って立ち去る。その後現れた「水谷みずや」の神は、神楽が響く月明かりの下で、繁栄を祈り舞う。

神が天下泰平や国土安穏を祝福する「脇能」の一つ。「高砂」に代表されるように、祝言性の濃い内容が多いが、「八重桜」は上演時間が1時間強と比較的短く、シテと一緒に登場するツレもいない。高橋は「さっぱりしている」と表現する。

一方で、辻井八郎は「伝統的な脇能の形が守られている」と話す。「野守」や「淡路」といった演目を下敷きにしたような場面があり、能楽に親しんでいる観客には、似ている箇所を見つける楽しみもあるという。

井上貴覚よしあきは「能は祈りの芸能。祈りの空気が舞台に流れる」と語る。シテは「大天神」と呼ばれる力強い印象の能面をつける。高橋は「颯爽さっそうと、祝福が与えられるような気持ちで勤めたい」と語る。

彼が戻ってきた 

「座・SQUARE」は1998年、当時20~30代だった玄人(プロ)の4人で結成。金春流ではその頃、玄人になるのは10年で1人ほどだったことから、玄人がひしめく充実の世代が、「屋台骨を支えていく」という思いで取り組んできた。公演は今回で28回目。経験を重ねた4人は、流派の中軸を担うようになった。

「大曲をやろうと思うと、この3人の顔が浮かぶ。頼りになる存在」と井上。山井綱雄は「伝統ある流派を未来に伝えていくための柱になる」と力を込める。

昨夏の前回公演は、1か月前に山井が脳出血で倒れ、休演。代演した高橋は解説で「彼は絶対に戻ってくる」と宣言していた。その通り、4人の「スクエア」が2年ぶりにそろって舞台に臨む。

午後1時開演。ほか、能「百万」(シテ・辻井)など。奈良の物産品の販売も行う。

能+スイーツ 「金春カフェ」人気 

金春流の定期公演「金春会」で、今春から始まった取り組み「金春カフェ」が人気を集めている。

鑑賞前に、スイーツを食べながら、能楽師による演目の解説を聞くイベントで、能になじみのない人にも気軽に訪れてもらおうと国立能楽堂が企画した。

参加費は、3000円。公演では三つの演目が上演されるが、イベント参加者は、解説を聞いた1演目だけを鑑賞する。今月は約80人が参加した。井上は「能楽堂に足を運んでもらう第一歩とし、その次へとつながればうれしい」と話す。

今後は9月14日、10月5日、11月9日に開かれる。

(2025年6月25日付 読売新聞朝刊より)

Share

0%

関連記事