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2025.11.25

人間国宝5人 - 源平紡ぐ

映画「国宝」の大ヒットで、今年は「人間国宝」という存在にも注目が集まっている。文化財保護法が定める正式名称は、重要無形文化財保持者(各個認定)。制度発足後、最初の認定から70年を迎えた今年、関西在住の人間国宝5人が一堂に会する公演「人間国宝の至芸―源平の世界を聴く」が大阪・国立文楽劇場で初開催される。邦楽界の重鎮、長唄唄方ながうたうたかたの杵屋東成、筑前琵琶の奥村旭翠を紹介する。(編集委員 坂成美保)

「三位一体」奏でる心情

長唄唄方 杵屋東成

孫の初舞台に向けて、指導も熱を帯びる。「声が大きく、声で三味線の音をまねる口三味線もうまい。孫はかわいくて」と目を細める

きねや・とうせい 1949年、大阪市生まれ。双子の弟・二代目勝禄とともに父・初代勝禄に師事。53年に初舞台。2019年に松尾芸能賞優秀賞受賞。22年に人間国宝。喜寿記念の「東成會」が〔2025年11月〕16日、京都・先斗町歌舞練場で開催され、東成の孫、名生の孫が、東成の指導を受けて、長唄唄方で初舞台を踏む。

三味線と唄、鳴物なりもの(大鼓、小鼓、太鼓、笛)がイキ一つで「三位一体」となって物語を奏でる。能や地唄、浄瑠璃など、多様な芸能を吸収してきた長唄ならではの醍醐だいご味だ。

今回の舞台では、能を題材にした長唄「船弁慶」を演奏する。明治初期に、東成が所属する杵勝会を創始した二代目杵屋勝三郎が作曲した。「東成」は、元々二代目の俳号で、2009年に当時の家元・七代目勝三郎から贈られた。

二代目の曲は、同時代の三代目杵屋正次郎が作曲した歌舞伎舞踊「船弁慶」と比べて、「展開のドラマ性よりも、人物の心情をいかに伝えるかに重きが置かれている」という。

兵庫・大物浦を舞台に、源義経と静御前の別れを描いた前半と、壇ノ浦合戦で死んだ平知盛の亡霊が、義経一行の船を襲う後半で構成される。

「前半の静と後半の動が対照になっている。歌舞伎に例えれば、前半は柔らかな和事で、後半は勇壮な荒事。上方育ちの私は、和事のほうが得意で、荒事は苦手なので工夫を凝らしたい」と語る。

聴き所は静御前の悲しみの表現で、「静御前は白拍子で身分こそ低いが高い教養を備えた女性。だからこそ、義経と深い絆で結ばれ、互いを深く思い合っている」と人物像を掘り下げる。

三味線を担うのは双子の弟・杵屋勝禄かつろく。「どっしりした芯の太い音が出せる」と信頼を寄せる。笛方は人間国宝の藤舎名生とうしゃめいしょうが勤める。若い頃から舞台を共にしてきた盟友だけに「舞台に名生さんの美しい音が響くと、こちらも気持ちよく唄うことができる。言葉を交わさずとも心が通じ合う相手」と共演を心待ちにしている。

〈長唄唄方〉
長唄は江戸時代に様々な先行芸能を吸収しながら、歌舞伎舞踊の音楽として発展。明治以降は邦楽の演奏団体が組織された。弾き手「三味線方」と唄い手「唄方」のコンビで演奏し、曲によって鳴物が加わる。東成は唄方の首席「立唄たてうた」。

「間」に漂う 哀感の響き

筑前琵琶 奥村旭翠

愛用の朱塗りの琵琶には菊の文様が刻まれている。「自分の満足する音を出す楽器にはめったに出会わないので大事にしています」と語る=沢野貴信撮影

◇おくむら・きょくすい 1951年、大阪市生まれ。73年に山崎旭萃に入門。2007年に筑前琵琶橘流日本橘会・大師範になる。15年に松尾芸能賞優秀賞受賞。16年に人間国宝。

一撥ひとばち、一撥がドラマチックな音色を奏で、力強さの中に優雅さを秘めた語りを導く。弾き語りの「声」と「音」が消えてゆく「」に深い余韻が漂う。

「筑前琵琶が描くのは情の世界です」と語る。合戦の躍動感、主従や親子の別れの悲しみを表現し、ラストには、寂寥せきりょう感が聴衆の心にしみ入る。

小学校に入る前から、とにかく歌が好きで、木箱の上に立っては、美空ひばりや島倉千代子のまねをした。高校時代に、部活動で箏曲や三味線の手ほどきを受ける。

筑前琵琶との出会いは22歳の時。知人の紹介で、後に人間国宝となる師匠・山崎旭萃きょくすいに出会う。初対面で「癖のない素直な声をしている」と褒められ、自分の声の特徴に気づいた。以来、山崎の自宅に通い、「朗読でもない、歌でもない」語りに魅了されていく。

筑前琵琶の2大流派の一つ、たちばな流日本橘会に所属。今回演奏する「屋島」は流派の創始者・橘旭宗きょくそうが作曲した。源平の屋島合戦での源義経と忠臣・佐藤継信の主従の絆を哀感たっぷりに描く。戦いの疾走感と静けさの緩急をつけながら「観客の目の前に、風景が絵として浮かび上がるように」と苦心する。

クライマックスは、義経をかばって討たれ、息絶える継信と義経の別れの場面。身代わりになった継信の死を義経は深く悲しみ、手厚く弔う。「義経の温かさが表れる場面。家臣を愛し、家臣に愛された人物ですね」。原典である「平家物語」には、滅びゆく者たちが次々登場する。

「琵琶の音色には死者の魂を慰める力が備わっている。鎮魂歌でもあるんです」

〈筑前琵琶〉
明治中期に福岡・筑前地方で始まった琵琶音楽。三味線音楽の影響を受け、調弦も三味線に準じる。薩摩琵琶と比べると楽器や撥はやや小ぶりで優雅な音色が特徴。楽器には四弦と五弦があり、五弦は複雑な装飾音も表現できる。橘会と旭会が2大流派となって発展してきた。

大阪で28日公演 人間国宝の至芸

28日午後5時、国立文楽劇場。プログラムは、いずれも人間国宝の奥村旭翠による筑前琵琶「屋島」、常磐津一佐太夫かずさだゆうによる常磐津節「宗清むねきよ」、茂山七五三しめの狂言「文蔵」、杵屋東成、藤舎名生の長唄「船弁慶」。源平合戦や「平家物語」にちなんだ演目を集めた。大阪出身の歌舞伎俳優・片岡愛之助が演目紹介のナレーションを担当する。(電)0570・07・9900。

(2025年11月13日 読売新聞夕刊より)

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