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2023.8.24

幽霊より怖い 欲望の闇 ― 京都・南座8月歌舞伎公演「怪談 牡丹燈籠」

近代落語の祖・三遊亭円朝(1839~1900年)の創作落語は、明治期に落語が「読み物」としても、ファンを広げるきっかけになった。

怪談ばなし牡丹燈籠ぼたんどうろう」は、その記念碑的な作品だ。1884年(明治17年)に初めて、速記者が高座を書き起こした「速記本」として刊行され、爆発的に売れた。寄席の収容人数をはるかに超える読者を獲得する。

お峰を演じた坂東玉三郎(右)と夫・伴蔵に初役で挑戦した片岡愛之助=いずれも川崎公太撮影

平易な日常の話し言葉でつづられた円朝の速記本は、二葉亭四迷しめいら、新しい文体を模索する文学者にも影響を与え、口語文を目指す「言文一致運動」につながった。

落語から文学、さらに演劇にも影響は及ぶ。「牡丹燈籠」の速記本は1892年(明治25年)、三世河竹新七の脚色で歌舞伎化され、空前の大当たりを取る。一つの創作物が複数の媒体を席巻するメディアミックスの走りともいえる。

愛之助と玉三郎 夫婦役

現代の歌舞伎では、明治の河竹本よりも、演芸研究家としても知られる劇作家・大西信行が昭和期に手がけた大西本の上演頻度が高い。せりふは、さらに現代口語に近づいた。〔2023年〕8月、京都・南座でも大西本が上演されている。

夫婦の会話シーンを大切に勤めた玉三郎
取材会で「人間の怖さを表現したい」と語った愛之助

「怪談」と銘打つが、いわゆる幽霊奇譚きたんとはひと味違う。花飾りの燈籠に導かれて登場する美しい女の幽霊は、物語の発端に過ぎず、主眼は、どこにでもいる凡庸な男女、伴蔵ともぞうとお峰の夫婦関係に置かれている。南座公演では、片岡愛之助と坂東玉三郎のコンビで演じている。

夫婦は決して極悪人ではない。ありふれた欲望を持ち、幽霊におびえる小心者同士。百両の金と引き換えに、仕えてきた新三郎を裏切る。結果、新三郎は幽霊に取り殺されてしまう。

「笑える怪談」としての大西本の魅力を語る玉三郎(右)と愛之助

夫婦は、百両を元手に新天地で荒物屋を開き、裕福になる。お峰は義理人情を重んじて堅実に暮らすが、伴蔵はどんどん軽薄になり、料理屋の酌婦にほれ込む。嫉妬に駆られたお峰は、帰宅した伴蔵を問い詰める。たわいない痴話げんかは、思わぬ結末へと急展開する。

一蓮いちれん托生たくしょうだった夫婦の心の隙間に、ひたひたと音もなく忍び寄る闇の深さ。それこそが、円朝リアリズムの真骨頂で、背筋を凍らせる恐怖なのかもしれない。

(編集委員 坂成美保)

坂東玉三郎特別公演「怪談牡丹燈籠」

旗本の娘・お露(坂東玉朗)は浪人・新三郎(喜多村緑郎)に恋するあまり、「焦がれ死に」してしまう。死後、後を追った乳母のお米(上村吉弥)とともに幽霊になって、新三郎を訪ねてくる。新三郎の下男・伴蔵(愛之助)とお峰(玉三郎)の夫婦は、幽霊と取引して新三郎を幽霊から守っていたお札をはがしてしまう。〔2023年8月23日〕27日まで、京都・南座。(電)0570・000・489。

原作者の円朝は、幽霊画のコレクターとしても知られる。墓所がある東京・谷中の全生庵ぜんしょうあん(電)03・3821・4715)では31日まで、円朝が収集した幽霊画を特別公開する「幽霊画展」を開催している。

(2023年8月23日付 読売新聞夕刊より)

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