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2025.11.21

【歴史ある楽器を守る 2】苦境乗り越え三味線作り - 1885年創業「東京和楽器」

組み立てられた三味線を入念にチェックする「東京和楽器」3代目の大瀧勝弘さん

楽器は材料を確保し、職人が多岐にわたる工程を経て製作する。雅楽の楽器「篳篥ひちりき」に欠かせないヨシを古くから供給してきた大阪府高槻市では、持続可能な保全の仕組みを整える活動が始まった。一方、伝統ある邦楽を衰退させないよう、苦しい状況でも三味線製造に取り組む業者や、手軽に始められる三味線の開発を行う会社もある。邦楽器だけではなく、歴史ある洋楽器の保存に熱意を持つ人たちも活動を続けている。各地の動きをリポートする。

東京都八王子市の「東京和楽器」は1885年創業の老舗三味線メーカーだ。3代目の大瀧勝弘さん(85)は今も13人の従業員とともに役割を分担しながら三味線作りに精を出す。

「全国の三味線愛好者から小売店を通して連日、修理の依頼が入っている。納期に間に合わせなくてはならないので、そこそこ忙しい」

一度は廃業決意 支援得て奮起

実は、2020年に一度は廃業を決めた。演奏人口の減少などで、三味線の新たな製造は長らく減少傾向。新型コロナウイルスの感染拡大がそれに追い打ちをかけた。製造も修理もほとんど注文がなくなり、毎月100万円以上の赤字が重なった。税理士のアドバイスもあって同年8月に廃業を決意した。

しかし、ありがたいことに、廃業を知った小売店や邦楽ファンが同社を救おうと行動に出た。小売店は製作や修理を同社にまとめて発注した。邦楽ファンは募金などを呼びかけた。大瀧さんは奮起し、営業を継続することにした。

三味線の老舗メーカー「東京和楽器」の工場。従業員が修理や製作に精を出していた(東京都八王子市で)
高度成長期にブーム

「やりがいを感じたのは、昭和の高度成長期で津軽三味線ブーム、民謡ブームの頃だね。次々に本体の製造の注文が入った。月350~400丁作ったこともあった」と大瀧さん。

このとき大量に作られた三味線が中古品となってインターネットを通じて売買され、現在の三味線製造の減少の一因になっていると言われる。23年が268丁、24年は246丁を作った。今も月平均で約20丁のペースという。

三味線本体は大きく分けると「さお」、「胴」、最上部の「天神」から成っている。棹には紅木こうき紫檀したん花櫚かりんなど硬質な木材、胴には花櫚、桑材などが用いられる。同社には手作りのオリジナル木工機械が約130ある。これらの機械を操作し、パーツを作る。大瀧さんが担当するのは「胴」。微妙なカーブをつけた胴のパーツの表面に、同心円のような美しい木目を磨き出したものが最高級品になるという。

大瀧さんは「昭和の三味線ブームはもはや望めない。国の支援(国による三味線の買い上げなど)があって、何とか経営を維持しているのが実情。高品質の三味線を製造する技術を未来に伝えていくためにも、多くの人に和楽器への関心を持ってもらいたい」と語った。

三味線の「胴」のパーツ。音色に影響はないが、同心円のような木目を磨き出したものほど、高級品として扱われるという
三味線の「天神」の部分にある「糸巻き」の調整

「シャミコ」初心者も手軽に オリジナル三味線 

東京都葛飾区の宝飾部品メーカー「セベル・ピコ」は、初心者でも手軽に楽しめるオリジナルの三味線「シャミコ」を製造・販売している。三味線が趣味という二宮朝保社長(78)が三味線演奏人口の激減を知り、何とかしたいと2014年から開発に着手。18年から販売を始めた。

気軽に親しんでもらいたいと自ら発案し製作したオリジナル三味線「シャミコ」を手にする二宮朝保社長

追求したのは、軽くて丈夫なうえ、本物の三味線の音色に近く、さらに価格も安いこと。本体はラバーウッド(ゴムの木)製で、弦には絹ではなくナイロンの糸を採用した。胴の部分には升(3合升、5合升)を用いた。伝統的な三味線は、胴の部分に犬や猫などの皮を張ることが多いが、耐久性の高いファイバークラフト紙(特殊紙)を使い、様々な絵を印刷できるようにした。初心者でも扱いやすく音色も十分に美しい。3合升サイズは重さ約500グラムで税別2万8000円から。5合升サイズは同約950グラムで同3万3000円から。

さらに東京和楽器の大瀧勝弘さんに依頼して製作した「太棹ふとざおシャミコ」を今年発売。伝統的な三味線に迫る製品で、ラバーウッド製だが絹糸を張った。重さが約3キロの伝統三味線に対し、約1・7キロに抑えた。国内製造の伝統三味線(新品)は価格が50万円以上になることも多いが、太棹シャミコは15万8000円。製品は東京・秋葉原の同社の「和の音交流館」などで展示・販売している。

二宮社長は「伝統芸能を支えてきた三味線に、お子さんや女性、若者が気軽に親しむきっかけを作りたかった。演奏人口の増加につながるような斬新なデザインの三味線をこれからも製作していきたい」と話している。

実演家減 邦楽器売り上げ低調 - 職人の高齢化も
高齢化による実演家の減少や趣味の多様化に伴い、三味線や鼓などの邦楽器の売り上げは低調だ。全国邦楽器組合連合会の調査によると、1970年に販売された三味線は1万8000丁だったが、2017年には3400丁に減少した。日本芸能実演家団体協議会に加盟する団体の会員のうち、00年に2万2132人だった邦楽の実演家は、23年には1万804人に落ち込んだ。
一方、楽器製造に携わる職人の高齢化で、技術の継承も課題となっている。能楽や歌舞伎などの囃子はやしに使う小鼓や大鼓は、麻をより合わせた綱の「調べ緒」を張り、締め具合で音色を調節する。しかし、調べ緒を作る職人はごくわずかで、多く作ることはできない。合成繊維の調べ緒を使うことが増えているという。
「伝統芸能の殿堂」である国立劇場(東京都千代田区)では、邦楽の演奏会や、邦楽器奏者が伴奏する日本舞踊の舞踊会が数多く行われてきた。しかし、建て替えのため23年10月に閉場しており、邦楽関係者にとって貴重な発表の場が、失われた状態になっていることも痛手だ。
国は、邦楽器の製作技術の継承などが危機的な状況にあるとして、21年度から「邦楽普及拡大推進事業」に取り組んでいる。その一環として国がメーカーから三味線やことなど邦楽器を買い上げ、高校や大学の部活動やサークルに無償で貸し出す支援を続けている。

(2025年11月2日付 読売新聞朝刊より)

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