石川・能登地方の原風景を象徴する黒瓦とも呼ばれる能登瓦や、豊かな歴史をいまに伝える古文書。これら数多くの文化財や文化施設は今年の地震、水害によって保存・継承の危機に直面している。そんな中、立ち上がったのが建築・歴史などの分野で専門的な知識を持つ有志たちだ。復興道半ばの被災地で、能登の文化を守るために奮闘する人々の取り組みを紹介する。
舞台後方の大扉が開くと、真っ青な空、緑に映えた木々が劇空間として一体化する。「無名塾」を主宰する名優、仲代達矢さん(91)が自然豊かなこの地に魅せられたことから、仲代さんが監修する演劇専用劇場として1995年、「能登演劇堂」(七尾市中島町)が産声を上げた。
以来、30年近く「演劇のまち」のシンボルだったこの劇場も、元日の震災で照明などをつるす機構や駐車場に大きな被害が出た。〔2024年〕1月2日朝、劇場に駆けつけた舞台総括担当の浅田登志次さんは、惨状にぼう然とした。舞台上部につるされていた照明は床まで垂れ下がり、舞台装置に使う重さ10キロの鋳物のおもりは床に散乱。大扉は、かんぬきが折れ曲がった状態だった。
だが、そんな時でも浅田さんの頭に思い浮かんだのは、予定された舞台の幕を開ける努力を始めることだった。劇場の装置は能登演劇堂のために特別設計されたものばかりで、開館時から携わった職人たちが続々と修繕のために駆けつけてくれた。
他の職員たちも、こんな時だからこそ、何ができるのかを模索した。窮屈な生活を余儀なくされた地元の子どもたちが気分転換できる演劇のワークショップ(体験講座)や、地域の人たちを集めた茶話会などを開催。制作担当の岩島加奈さんは「街に根付いた演劇の良さを普段の公演とは違う形でどう伝えられるかを考えてきた」。劇場のあり方を見つめ直す機会にもなったという。
10月までに舞台の修繕はほぼ完了し、今は客席の天井の安全確認作業が進む。復興祈念公演と銘打ち、来年〔2025年〕3月5~23日に吉岡里帆さん(31)と蓮佛美沙子さん(33)がダブル主演する二人芝居「まつとおね」が上演される。地元の七尾市出身のプロデューサー、近藤由紀子さんは「私たちに道路や水道の工事はできない。できるのは心の復興。どんな時代でも生き抜いていく力を届けたい」と再開への思いを熱く語る。
本来ならこの秋に開幕予定だった仲代さんの主演舞台「肝っ玉おっ母と子供たち」は、来年5~6月に「復興公演」としての上演が決まった。チケット発売初日だった10月17日には、再開を心待ちにするファンからの電話が鳴りやまなかった。
(2024年11月3日付 読売新聞朝刊より)
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