皇室に伝わる日本美術の優品を通して、その豊かな世界を紹介する特別展「日本美術をひも解く― 皇室、美の玉手箱」が8月6日から、東京藝術大学大学美術館(東京・上野)で開催されています。
宮内庁・三の丸尚蔵館が収蔵する皇室の珠玉の名品(昨年、同館収蔵品としては初めて国宝に指定された文化財5件を含む)や藝大所蔵の優品から、思わず笑みがこぼれてしまうような可愛らしい小品まで、計82件の展示品を通して、日本美術の多様な世界を私たちに見せてくれます。
日本美術ファンはもちろんのこと、これまで日本美術にあまり接したことのない方にもわかりやすく鑑賞できるように、作家や時代順ではなく、四つの大きなテーマ(章)に分けて、日本美術の魅力を伝える工夫がされています。
それに加え、鑑賞の手助けとなるように、日本美術を見る上で知っておきたい日本美術の専門用語も作品パネルで丁寧に解説されています。それでは、その四つのテーマに沿って、この展覧会を見てまいりましょう。
日本美術を見ていく上で、「文字」は無視できないものです。1000年以上も昔の平安時代、日本人の感性によって生み出された優美な仮名は、物語や和歌を発展させました。
「伊勢物語」「源氏物語」「古今和歌集」といった文学作品が生まれましたが、それらから得られたモチーフが土壌となって、豊かな美術意匠(絵画や工芸品)がさまざまに展開しました。
【覚えておきたい日本美術のことば】
※会場に解説パネルがあります
「料紙」
絵が描かれたり、文字が記されたりして、作品に用いられた紙。絵の具に金銀の箔、金銀の彩色、染めなどによる美しい文様などで飾られた紙は「装飾料紙」と呼ばれます。
四季折々の美しい自然の姿や、人々の日常生活、信仰、回想や幻想から創出されたさまざまな物語は、日本美術の世界ではおなじみのテーマです。
展覧会の2章では、土佐光則や狩野永徳が描いたやまと絵や、教科書でおなじみの、国宝に指定されたばかりの絵巻「蒙古襲来絵詞」(鎌倉時代・13世紀)などが、贅沢に展示されています。
一方、明治時代に「帝室技芸員」の手により作り出された彫金や牙彫といった、いわゆる「超絶技巧」の立体作品も見逃せません。
【覚えておきたい日本美術のことば】
「やまと絵」
和歌が盛んになり、仮名が成立した平安時代、中国の唐や宋の絵画様式を習得した絵師は、日本人の感覚に合った明快な色彩の、装飾性が豊かな絵画表現を行うようになりました。こうした絵画様式が「やまと絵」と呼ばれ、宮廷絵所を中心に継承されました。「帝室技芸員」
※会場に解説パネルがあります
明治時代の半ばから、帝室(皇室)の庇護のもと美術奨励を目的として、優れた作家にこの終身制の栄誉職が与えられました。明治23年(1890年)、絵画、彫刻、彫金、染織分野の作家10人が任命されたのを最初として、昭和19年(1944年)までに、総勢79人がこの職を与えられました。技術をさらに磨いて、後進の指導にも当たるといった役割を期待され、日本美術の発展を牽引しました。
日本美術の大きな特徴の一つとして、身近に存在した動物や植物を作品のモチーフにしたものが多いことが挙げられます。日本人はさまざまな生き物と共存する中で、生き物への愛おしみや尊崇、感謝などの思いを、美術造形に表してきたのです。
安土・桃山時代を代表する狩野永徳の数少ない現存絵画である「唐獅子図屏風」(こちらも国宝指定を受けたばかりです。トップ写真をご覧ください)の右隻(左隻は狩野常信による補作)と、作者不詳の牙彫である「羽箒と子犬」(明治~大正時代・20世紀)。権力者を象徴するかのような力強い獅子像と、コロコロとした愛らしい子犬の共演は、この展覧会の一番の見どころかもしれません。
【覚えておきたい日本美術のことば】
※会場に解説パネルがあります
「障壁画」
永徳の「唐獅子図」は屏風として今に伝えられていますが、もとは障壁画です。日本の伝統的な建築の内部を仕切る障子や壁などに描かれる絵で、特に桃山時代は、大規模な城郭建築や御殿、寺院などが造築されると、さまざまな画題の障壁画が描かれました。
なお、江戸時代の絵師・伊藤若冲の代表作「動植綵絵」(江戸時代・1757~66年頃)30幅うちの10幅(芍薬群蝶図、梅花小禽図、向日葵雄鶏図、紫陽花双鶏図、老松白鶏図、芦鵞図、蓮池遊魚図、桃花小禽図、池辺群虫図、芦雁図)は、8月30日からの展示となります。
豊かな自然は人々の心を動かし、古くから文学にも絵画にも表現されてきました。展覧会の最後を締めくくるのは、日本人が愛してやまない自然の姿を描いた風景作品です。
何げない身近な風景や自然現象に対する素直な感動や畏怖の念が絵画だけでなく、蒔絵や螺鈿、さらには、七宝で表現され、日本美術の幅広さ、奥深さを実感させられます。
【覚えておきたい日本美術のことば】
「蒔絵・螺鈿」
蒔絵は、金や銀などの金属粉を漆に蒔きつけて文様などを表すもので、平蒔絵、高蒔絵、研出蒔絵などの技法があります。螺鈿は、文様の形に切り抜いた夜光貝や鮑などの貝を表面に貼り付ける装飾技法です。「七宝」
※会場に解説パネルがあります
金属の素地にガラス質の釉薬を盛り付け、窯のなかで焼き付ける技法。日本では明治時代に高度に発達しました。有線七宝は、輪郭となる薄いテープ状の金属線で囲われた部分ごとに釉薬を差して焼成し、研磨して仕上げます。無線七宝は金属線の輪郭を用いないため、微妙なグラデーションを表現することができます。
駆け足で「日本美術をひも解く」展をまいりましたが、ここで取り上げているのは、展示作品のごく一部に過ぎません。
国宝に指定された5件の三の丸尚蔵館収蔵品(先述の「蒙古襲来絵詞」「唐獅子図屏風」「動植綵絵」に加え、平安時代の「三跡」の一人である小野道風の「屏風土代」と、やまと絵の集大成として名高い鎌倉時代の絵巻「春日権現験記絵」)を筆頭に、皇室の名品と藝大所蔵の優品が見事なコラボレーションを果たしている、まさに夢の展覧会です。
日本の美術史を最初に体系的にまとめたのは、1890年に東京美術学校(現・東京藝術大学)で日本美術史の講義を行った岡倉天心とされ、その大学で皇室の名品が展示されていることには、歴史的な意義があるとも言えるでしょう。
作品の形やモチーフに焦点をあて、三の丸尚蔵館所蔵の名宝で日本美術を分かりやすく紹介する、贅沢この上ない展覧会です。「美の玉手箱」をひも解きに藝大美術館へと急ぎましょう!
(写真はほかに記載がない限り、中村剛士さん提供)
プロフィール
ライター、ブロガー
中村剛士
15年以上にわたりブログ「青い日記帳」にてアートを身近に感じてもらえるよう毎日様々な観点から情報を発信し続けている。ウェブや紙面でのコラムや講演会なども行っている。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』『失われたアートの謎を解く』(以上、筑摩書房)、『カフェのある美術館』(世界文化社)、『美術展の手帖』(小学館)、『フェルメール会議』(双葉社)など。 http://bluediary2.jugem.jp/
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