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2023.10.23

青い日記帳「自然を客体として描いた西洋画、『自然と人』を主に描いたやまと絵」

特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」(東京国立博物館)

特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」開幕前日の2023年10月10日に行われた報道内覧会から(東京国立博物館・平成館で)

バロック期に現在のベルギーで活躍したヤン・ブリューゲル(1568~1625年)。ブリューゲル一族の中でも静物画、とりわけ花の絵を得意とし、「花のブリューゲル」と呼ばれた画家です。彼が数多く描いた花の絵はどれも人の手によって生けられた、花瓶にてんこ盛りの花々をゴージャスに描いています。17世紀のオランダ・フランドル絵画の中には、こうした花卉画かきがが風俗画と共に人気を博し、市民に愛されていました。日本で平安時代以降1000年にわたり描かれ続けた「やまと絵」を東京国立博物館・平成館で見終えて、真っ先に思い浮かべたのがブリューゲルの花の静物画でした。そこに日本と西洋における自然の捉え方、関わり方の大きな違いを見いだせたからに他なりません。

「やまと絵」展報道内覧会から(東京国立博物館・平成館で)

「やまと絵」は平安時代に、それまでお手本としていた中国の絵画(唐絵)に対して、日本人の日常の身近な様子を描く作品として誕生しました。日本の四季の移り変わりを描いた四季絵や、1年12か月の行事や風俗を描いた月次絵つきなみえなどと呼ばれるものが平安時代に屏風びょうぶなどに多く描かれました。そしていずれの作品にも花々や木々など自然の景物が描き込まれていたのです。

平安貴族たちが暮らした寝殿造の家具として用いられた屏風や障子に描かれたものは、残念ながら伝来していません。では、どうして当時の屏風絵に「やまと絵」が描かれていたのかがわかるのでしょうか。その謎を解くカギが「やまと絵展」の「1章:やまと絵の成立」に展示されている、藤原道長が残した「御堂関白記みどうかんぱくき」や藤原行成こうぜい筆の「屏風詩歌切びょうぶしいかぎれ」、藤原定実さだざね筆「古今和歌集序」、伝藤原公任きんとう筆「和漢朗詠集」などにあります。

「やまと絵」展報道内覧会から(東京国立博物館・平成館で)

実際の絵は残されていなくても、当時の日記や和歌集が、屏風などに「やまと絵」が描かれていたことを現在に伝えるのです。具体例として「古今和歌集」の詞書ことばがきに 「御屏風に龍田河の紅葉流れたる形をかけりけるを題によめる」 とあり、屏風に描かれた絵(やまと絵)に合わせて、かの有名な和歌が詠まれたことが記されています。そして、それは「やまと絵」の発生が和歌文学と密接な関係にあることを示しています。「やまと絵」展の図録には、そのことについて担当研究員による論考が記されており、「やまと絵」の誕生を理解する上で欠かせないものとなっています。

「やまと絵」展報道内覧会から(東京国立博物館・平成館で)

四季絵や月次絵が平安時代の「やまと絵」の大半を占めていたということは、つまるところ、各季節を代表する自然(梅、霞、時鳥ほととぎす、鹿、菊、雪など)が主として描かれていたことになります。では、それらが冒頭で紹介したヤン・ブリューゲルのような絵かといえば、決してそうではありません。西洋絵画の花(自然)が客観的に、時に人間と対峙たいじする存在として描かれているのに対し、日本独自の「やまと絵」では、自然は人の営みと共に同列に扱われています。この点に関し、家永三郎は「対象が単なる自然でもなく、さればとて単なる人間でもない、常に人生と結びついた自然、自然と結びついた人生が、一体のものとして把握されていたのである」(『歴史家のみた日本文化』)と述べています。それは平安時代の歌人・素性法師そせいほうしの詠んだ和歌「よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかね色香は 折りてなりけり」(小学館「新編 日本古典文学全集11・古今和歌集」による)からも読み解けるでしょう。

もう二度とこれだけの大規模な「やまと絵」だけを集めた展覧会は開催されることはないでしょう。平安時代末期に描かれ教科書でもおなじみの「四大絵巻」(国宝)をはじめ、等身大のやまと絵系肖像画「神護寺三像」(国宝)、見た目も鮮やかな久能寺経、平家納経、慈光寺経の「三大装飾経」(国宝)といった名品が展示される本展は、いくら鑑賞時間があっても足りません。そんな空前絶後の「やまと絵」 展ですので、満足度に関しては疑う余地がいっさいないので安心してお出かけ下さい。

「やまと絵」展報道内覧会から(東京国立博物館・平成館で)

今回は個人的におススメしたい見方として、やまと絵に描かれた「自然と人間」について書いてみました。国宝、重要文化財が目白押しの特別展にあって主流な見方ではないように思われるかもしれませんが、実のところ、展覧会の構成もそれに沿っていると思われます。終章「やまと絵と四季」に月次絵、四季絵をあらためて展示し展覧会を閉じている点からも、それは見て取れるでしょう。

序章:伝統と革新 ― やまと絵の変遷 ―

1章:やまと絵の成立 ― 平安時代 ―

2章:やまと絵の新様 ― 鎌倉時代 ―

3章:やまと絵の成熟 ― 南北朝・室町時代 ―

4章:宮廷絵所の系譜

終章:やまと絵と四季 ― 受け継がれる王朝の美 ―

1000年以上の長い歴史の中で、「やまと絵」はその様式美を維持しながらも多種多様に変化していったことを全体を俯瞰ふかんし捉えると共に、どう様式化、装飾化しても日本人が描こうとしたのはあくまでも自然であったことを強く感じる展覧会です。自然を客体として、あくまで人間の背景としか扱わなかった西洋画に対し、常に自然と人間が結びついた、いわば「自然の中の人間」として捉えそれをメインとして描いた「やまと絵」。自然と人間が一体不二のもととして理解され、表現された日本人の心にささる、ある意味「懐かしさ」を感じる作品に平成館が満たされています。

さあ、100%「Made in Japan」の美に酔いしれましょう。

(写真はすべて中村剛士さん提供)

中村剛士

プロフィール

ライター、ブロガー

中村剛士

15年以上にわたりブログ「青い日記帳」にてアートを身近に感じてもらえるよう毎日様々な観点から情報を発信し続けている。ウェブや紙面でのコラムや講演会なども行っている。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』『失われたアートの謎を解く』(以上、筑摩書房)、『カフェのある美術館』(世界文化社)、『美術展の手帖』(小学館)、『フェルメール会議』(双葉社)など。 http://bluediary2.jugem.jp/

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