2021.6.8

【魅せられて 十一面観音㊤】東京芸大×模刻 1300年の美、忠実に

国宝 十一面観音菩薩立像(奈良・聖林寺蔵)

奈良・聖林寺の国宝「十一面観音菩薩立像ぼさつりゅうぞう」は、日本彫刻の最高傑作とも評される。8世紀の天平美術の名品は時代を超えて多くの人々を魅了し続けてきた。

今回初めて奈良を出て、東京国立博物館(東京・上野)で6月22日から始まる特別展「国宝 聖林寺十一面観音―三輪山信仰のみほとけ」に出展され、その究極の美を見せる。

■ 材料・技法 当時を再現

厳かなまなざしに、充実した厚みのある均整のとれた体つき。ゆったりした手の指の美しさに目を奪われ、台座に垂れる天衣の曲線の美しさは他に例を見ない。随筆家の白洲正子は「世の中にこんな美しいものがあるのかと、私はただ茫然ぼうぜんとみとれていた」と記したほどだ。

東京芸術大学の中国人留学生、朱若麟さん(32)も、聖林寺の十一面観音像に魅せられた現代人の一人だ。現在は大学院美術研究科の博士後期課程2年。文化財保存学専攻の「保存修復彫刻研究室」に所属している。

十一面観音菩薩立像の模刻作品について説明する朱さん(東京都台東区の東京芸大で)=青木瞭撮影

東京・上野キャンパスの研究室には、十一面観音像の実物とそっくりの、高さ2メートルを超える像があった。朱さんは2019年度、修士課程の研究論文の一環として、十一面観音像の制作過程を知るため、模刻像の制作に取り組んだ。本体は1年弱で完成。その後、博士課程に進んで台座を仕上げ、今後、光背の復元も進める予定だ。

朱さんは中国で彫刻を学び、映画の美術セットの制作に携わった経験を持つ。研究対象を選ぶに当たり、指導教授らとも相談し、十一面観音像に決めた。「厳しい顔つきに魅せられた」と言い、作者を巡る議論にも興味が尽きないという。

■ 内部も分析
透過X線撮影した聖林寺の十一面観音菩薩立像(合成写真)

模刻像の制作は、聖林寺に赴き、実物を調査することから始まった。外観を肉眼で観察し、研究室のメンバーらと透過X線撮影を行って内部構造を分析した。材木を購入し、X線写真や3Dデータを基にした図面に沿って彫り進めた。

X線写真や3Dデータを基に作成した図面を転写し、木心を彫り進める

実物と同じ「木心乾漆造もくしんかんしつづくり」という技法を用いた。頭頂から脚まで貫く中心部となる木心を一つの材木から作り、両腕や足先などを付ける。

木屎漆を盛って、像の顔を整える

木心の上から、漆と木の粉を混ぜた「木屎漆こくそうるし」という練り物を盛り上げ、顔などの細部の形を作っていく。表面全体を仕上げた後、剥落はくらくなどの経年劣化を再現して現在の姿に近づけたという。

朱さんは「本物と同じ材料、同じ技法を可能な限り用いて、1200年以上前の作者の精神を実感することを目指した」と振り返る。

今回、大学に隣接する東京国立博物館で、実物の十一面観音菩薩立像が公開されることに、朱さんは「運命的なものを感じる」と喜んでいる。

■ 触れる作品 研究に生かす 
東大寺法華堂執金剛神立像の現状模刻作品

東京芸術大学は、国立の総合芸術大学として、世界水準の教育研究活動を展開し、数多くの芸術家を育成するとともに、芸術文化の継承と発展に寄与してきた。また、前身の東京美術学校校長を務めた岡倉天心は我が国の文化財保護の礎を築いたことで知られ、その精神を受け継ぐ形で、文化財保護の現場に有為な人材を輩出してきた。

他大学に先駆け、東京芸大で文化財保存学教育が組織的・系統的に始まったのは1964年。保存修復技術講座が開設され、66年に保存科学講座もスタートした。

学長を務めた日本画家の平山郁夫氏(故人)らも教育に関わり、95年に文化財保存学専攻として拡大改組。十一面観音菩薩立像の模刻研究に励む朱若麟さんが所属する保存修復彫刻研究室も同専攻の一つだ。

朱さんは将来、中国に戻って研究を続ける夢を持っている。模刻研究について、「外形を再現する複製品とは違い、制作当時の素材や技法を忠実に再現していく。実物はたやすく接触できないが、模刻作品ではある程度可能。教育や研究用に幅広く活用できる」と意義を説明する。

同研究室では、「東大寺法華堂執金剛神立像しゅこんごうじんりゅうぞう」の模刻研究など、これまでにも多くの実績を上げている。

(2021年6月6日読売新聞から)

特別展の公式サイトはこちら

特別展「国宝 聖林寺十一面観音 ― 三輪山信仰のみほとけ」:東京国立博物館・奈良国立博物館 (yomiuri.co.jp)

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