文化庁、宮内庁、読売新聞社による「紡ぐプロジェクト」の修理助成事業は、2021年3月に国宝3件、重要文化財2件の作業(20年度分)を完了した。修理リポートの2回目は、茨城・鹿島神宮が所蔵する国宝の作業の模様を紹介する。
(茨城・鹿島神宮蔵、奈良~平安時代 総長270.2cm)
漆塗りの表面には亀裂が多く生じており、周囲の塗膜が反り上がって剥落しやすい状態になっていた。金属製の飾りの下は汚れが堆積していたが、今回の修理では金具を外さず、透かし文様下の漆塗り部分の汚れを落とすこととした。花弁型の金具は、変形しているものもあったが、可能な限り形を整えた。
鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)の国宝「直刀 黒漆平文大刀拵」の修理は2019年度から始まり、約2年かけて完了した。
今回の修理の対象となったのは、直刀ではなく、黒漆平文大刀拵。拵は、鞘や柄などの外装の総称だ。
奈良市在住の漆工芸家で修理技術者の北村繁さん(49)が、奈良国立博物館文化財保存修理所(奈良市)で修理を進めた。劣化した漆塗膜の亀裂を塞いで剥落を防ぐ処置や、その表面に付着した汚れの除去など、地道な作業が中心となった。
ただ、修理中も、新たに塗膜が剥がれ落ちる恐れがあり、より慎重な作業が求められた。亀裂に膠の水溶液をしみ込ませて安定させる工程と、柔らかい毛の筆や綿棒を使ってほこりや汚れを除去する作業を、亀裂の深さや状態に応じて手順を変えながら繰り返した。さらに漆をしみ込ませて本体と固着させた。
表面の模様や形状を描き起こして記録する試みもなされた。鞘や柄に残る文様の痕跡は、漆を塗り重ねて研ぎ出す「平文」の技法で獅子や瑞雲を描いたとの説もある。これらを後世に残すべく、透明シートに黒漆で慎重に描き起こした。
修理後は、寄託先の茨城県立歴史館(水戸市)に戻り、直刀とともに保管されている。
修理により、黒々とした威容がよみがえった。担当した北村さんは「本来の漆の姿に戻った」と満足そうに語った。鹿島神宮の出頭勝宏・権禰宜(48)は「畏れ多くて触れるのもはばかられていた。一流の技術者に修理していただき、とてもきれいになった」と感謝していた。
茨城の刀剣制作の歴史は古い。奈良時代に成立した地誌「常陸国風土記」には、浜の鉄を採って刀を作った様子が記されている。
鹿島神宮に伝わる国宝「直刀 黒漆平文大刀拵」も、奈良~平安時代の制作と推定される。2メートルを超える刀は別称「韴霊剣」。日本神話に登場する霊剣の名だ。
長い歴史を誇るこの鹿島神宮の神宝は、1955年に国宝に指定された。敷地内にある宝物館で長らく展示され、「日本最古最大の直刀」として地元住民や観光客らに親しまれた。
境内整備計画による宝物館の解体工事に伴い、国宝は2018年から寄託・保管先の茨城県立歴史館に移った。紡ぐプロジェクトによる拵の修理中も、残った直刀は展覧会で一般公開され、県民らの注目を集めた。
地元の鹿嶋市民も、地域の誇りである国宝に対する愛着は強い。20年ほど前には、サッカー・ワールドカップ開催を記念し、約3年かけて「平成の大直刀」作りに挑戦したこともある。市内の海岸で計1トンを超える砂鉄を集め、地元の製鉄所の協力も得て直刀を「再現」。「カシマサッカーミュージアム」などで展示された。
拵表面の漆塗膜には亀裂が入っている。溶剤で希釈した漆を、その亀裂から含ませて強化した。
柔らかい毛の筆を用いて表側のほこりを取り除いた後、精製水を含ませた綿棒などを用いて可能な範囲でクリーニングを行った。
黒漆面に残る獅子などの文様の跡を、透明なシートに描き起こして記録した。
漆塗膜が欠失している部分に、漆下地を充填して補強した。
金具部分などを計測し、材料を分析した。修理は、こうした調査を行う貴重な機会でもあり、調査結果は保存や研究にも役立つ。
所蔵者や寄託先、文化庁調査官、修理担当者らが集まり、修理後の状況や今後保管する際のポイントなどを確認した。
武道の神である「武甕槌大神」を祭神とする。「神武天皇元年創建」とも伝わる由緒ある神社だ。藤原摂関家や徳川将軍家などの信仰もあつく、奉納された宝物類を多く所蔵する。本殿、石の間、幣殿、拝殿からなる社殿などが国の重要文化財に指定されている。
(2021年5月2日読売新聞から)
国宝「直刀 黒漆平文大刀拵」(鹿島神宮蔵)修理進む―堅牢な漆との闘い | 紡ぐプロジェクト (yomiuri.co.jp)
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