2021.10.9

【大人の教養・日本美術の時間】 わたしの偏愛美術手帳 vol. 13-上 唐澤昌宏さん(国立工芸館長)

「志野茶碗 銘 振袖」

「志野茶碗 銘 振袖」
安土桃山~江戸時代・16~17世紀
高 8.2 cm 口径 13.0 cm 高台径 6.6 cm
(東京国立博物館) 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!

今回お話をうかがったのは、国立工芸館(金沢市)の唐澤昌宏館長です。紹介してくださるのは、「志野茶碗しのちゃわん めい 振袖ふりそで」(東京国立博物館)。その見どころとともに、誰もがチャレンジできるシンプルな陶芸の楽しみ方、そして、唐澤さんご自身の工芸品のある暮らしについて、たっぷりとお話しいただきました。

長年使われることで育つ「艶」

―「志野茶碗 銘 振袖」との出会いは?

以前に勤めていた愛知県陶磁資料館(現・愛知県陶磁美術館、愛知県瀬戸市)には、桃山時代に美濃地方(岐阜県南部)で焼かれていた志野焼を昭和に復興した、荒川豊蔵とよぞうや加藤唐九郎とうくろうの志野茶碗があります。それらを見るうちに、「彼らはどんな桃山時代の美濃の焼き物を見て、こうした作品を作ったんだろう」と思って、志野、黄瀬戸きせと織部おりべなどの焼き物をいろいろ見るようになりました。

そのひとつが、「志野茶碗 銘 振袖」です。志野のなかでも特に、つやっぽさがあり、初めて実物を見たとき、とてもきれいだなと思いました。こうした艶は、長年の間、大切に使われることで育つものです。経年の美しさなのです。

「振袖」の艶を見ると、思い出すエピソードがあります。あるとき、加藤唐九郎が、訪問先で自分が作ったお茶碗でお茶が出てきたとき、そのお茶碗がすごく大切に使われていて、とても良い感じに変化していたので、涙して喜んだというのです。また、愛知県陶磁資料館のお茶室では、地元の陶芸家のお茶碗が使われているのですが、ある作家さんから、「自分が作ったうつわの変わりようがとても良いので、資料館から持って帰りたい。代わりに、新しいのを持ってくる」と言われたこともあります。

―大切に使われるうちに、そのうつわに人々の気持ちが乗り移っていくのでしょうか?

そうだろうと思います。作者の手を離れてもなお、作品に魅力が加わっていくのです。桃山時代に作られて、長い時を経て今日まで残ったお茶碗には、いずれもそうした魅力が加わっており、なかでも「振袖」には艶っぽさを強く感じますね。

―志野の焼き物は、どのように作られているのですか?

まず、轆轤ろくろで土をひいてうつわの形を作り、完全に乾く前に、表面をヘラで削ってうつわの形を変化させます。そのあと、うつわが乾いたら、表面に「絵付け」、つまり絵を描きます。そして、うつわ全体にどろっとした白い釉薬ゆうやくをかけて窯で焼きます。

あらかじめ、ヘラで表面を削っておくことで、焼き上がった時に、うつわの表面に「あばた」と呼ばれるブツブツが出ます。なお、志野は厚みがあり、割れにくいため、通常、素焼きはしません。素焼きしないほうが「土と釉薬が食いつく」ともいわれます。

志野の魅力といえば、白い釉薬、絵付け、釉薬の合間に出る緋色ひいろ(赤い色)、そして、あばたです。この作品「振袖」は、それらすべてを兼ね備えており、さらに、「土見せ」といって、高台の部分に釉薬がかかっておらず、白く美しい土肌も見えます。

志野は日本の陶磁史上、初めて絵付けを施した焼き物といわれます。「最初に絵付けをした人は、どんな絵を描いたのだろう」と思いませんか。また、「振袖」を見ていると、「この模様は何だろう」「なぜ幾何学模様のような絵を描いたんだろう」などと、いろいろ考えが広がりますよね。

「志野茶碗 銘 振袖」
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)
柔らかい風合いを求めて

志野を近代に復活させた荒川豊蔵は、桃山時代の志野を見て、その美しさを自分なりに解釈し、「自分だったらこんなふうに作りたい」と制作したのだと思います。鑑賞者でもあり、創造者でもあったからこその、独自の視点を持っていたのでしょう。荒川はその著書で、志野の魅力として、柔らかい風合い、緋色、あばたなどを挙げています。

桃山時代の志野の柔らかい風合いは、おそらく「もぐさ土」という種類の土で作ることで生まれたものだと思いますが、荒川は、焼き切る一歩手前で止めることで、その柔らかさを表現したようです。「振袖」などの古い志野はしっかりと焼き切ってありますが、荒川の志野は、おそらく焼き切っておらず、そのために柔らかくて、ぼやっとした風合いになっているのだと思います。

志野に使う釉薬は、白い長石が原料で、どろっとしているので、ヘラでうつわに細かな模様をつけておいても、上から釉薬をかけると埋もれて消えてしまいます。ですが「振袖」は、ヘラで削った跡が釉薬の上からもわかります。これは、ヘラを大胆に使って大きくうつわを削り、釉薬はそれほど厚くかけていないためだと思います。それに比べて、荒川豊蔵の志野には、分厚く釉薬がかかっており、ここにも荒川なりの志野の解釈がうかがえます。

自分の好みを追いかける

―「陶芸はどう見ればいいのかわからない」という方も多いですが、初心者向けの楽しみかたを教えてください。

例えば、「振袖」でしたら、漠然と見るのではなく、「なぜ私はこれに引かれるんだろう」と考えて、「このピンク色が好きだな」とか「この絵が面白いな」などと、好きなポイントを見つけるといいと思います。

志野には、「ねずみ志野」や「赤志野」などさまざまな種類があります。「赤色のほうが好きだな」とか、近現代の作品にも視野を広げて、「特にこの作家の赤い志野が好きだな」「同じ色でもこの形のほうが好きだな」などと、自分の好みを追いかけていくと楽しいです。絵付けについても、「そういえば、あの作品にも同じ模様が描かれていたな」と気づかされることがあります。さらには、模様や技法にも注目すると、焼き物にとどまらず、漆器など、他の工芸作品にも似たものが見つかることがあって、より楽しみが広がります。

そうしているうちに、作品が欲しくなるかもしれません。古いものは高価ですが、現代作家のものを買って使ってみるのもいいですね。普段から使っている茶碗や湯呑ゆのみでも、時々ふと気分が変わって、新しいものを使いたくなったりしませんか。そうしたときに、「どうして今はこれを使いたい気分なんだろう」と、自分と向き合うことも大切だと思います。「以前は緑が好きだったけど、今は黄色が好きだな」とか、「でも、赤色が好きなことは絶対変わらない」とか、ありますよね。

国立工芸館の外観(同館提供)
お気に入りの湯呑みで一服する

―唐澤さんご自身も、いろいろな工芸品を収集されていますか?

買ってしまいますね(笑)。金沢にいると、誘惑がとめどなくありますし。美術館で現役の作家の展覧会をする時には、手元に置いておけそうなものを、たいてい記念で1個買います。最近はお茶碗を買いました。家には食器棚がなく、テーブルの上にごろごろと置いています。それで、「今日はこれでお茶を飲もう」などと、楽しんでいます。

―使っていくうちに艶が出たり、味わいが深まったりしますか?

ちょっとやそっとでは変わりませんが、いろいろな種類のうつわがあるなかで、粉引こひきのうつわは割合に変わるのが早いです。使っているうちに、釉薬にある貫入かんにゅう(微細なヒビ)から染みが入り、化粧土に自然と色がついてくるのです。少し前に、三井記念美術館(東京都中央区)で粉引の名品が並ぶ展覧会があったときには、「欲しい!」と思いました。手に入れられるような値段ではありませんが、美術館でもつい、そういう目で見てしまいます (笑) 。

―作家ものの工芸品を使う生活が、もっと広まるといいですね。

そうですね。今はコロナ禍で、大変な思いをされている作家さんが多いです。そうしたなかでも、お茶碗の写真をいろいろな向きから撮ってインスタグラムにあげていたり……。そうしたものを見ると欲しくなって、また増えてしまいますね。家族はもうあきれていると思います(笑)。

◇ ◇ ◇

唐澤昌宏・国立工芸館長(鮫島圭代筆)

志野の焼き物の奥深い魅力とともに、暮らしの中で工芸を楽しむヒントも教えていただきました。次回は、彫刻家を目指した学生時代の思い出から、国立工芸館が昨年移転した先の金沢の魅力までうかがいます。

わたしの偏愛美術手帳 vol. 13-下に続く

【唐澤昌宏(からさわ・まさひろ)】1964年、名古屋市生まれ。愛知県立芸術大学大学院美術研究科修了。その後、愛知県陶磁資料館(現・愛知県陶磁美術館)学芸員、東京国立近代美術館主任研究員、同館工芸課長を経て、2020年より館長。18年、第39回小山冨士夫記念賞(褒賞)を受賞。専門は近・現代工芸史。日本陶磁協会賞選考委員。著書に「窯別ガイド日本のやきもの 瀬戸」(淡交社)、共著に「日本やきもの史」(美術出版社)、「やきものを知る12のステップ」(淡交社)など。主な企画・監修に「青磁を極める-岡部嶺男展」「現代工芸への視点―茶事をめぐって」「日本伝統工芸展60回記念-工芸からKŌGEIへ」「青磁のいま―受け継がれた技と美 南宋から現代まで」「The 備前―土と炎から生まれる造形美―」「近代工芸と茶の湯のうつわ―四季のしつらい―」など。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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