2021.10.1

【大人の教養・日本美術の時間】わたしの偏愛美術手帳 vol. 12-下 両角優花さん(茅野市尖石縄文考古館学芸員) 

国宝の土偶「縄文のビーナス」

与助尾根遺跡
© 茅野市尖石縄文考古館

茅野ちの尖石とがりいし縄文考古館(長野県)の両角優花・学芸員へのインタビュー。今回は、十数年ぶりの新卒学芸員として考古館に勤めることになった運命的なきっかけ、館周辺の遺跡群の魅力、そして、今後に向けての夢についてうかがいました。

ふるさとの宝の魅力を伝えたい

-ご出身が茅野市尖石縄文考古館の近くなのですか?

子どもの頃からなじみの場所で、小学校や中学校の頃、何度も見学や体験学習に来ました。隣接する「青少年自然の森」でのキャンプの一環で来たこともあります。

大学は、同志社大学文学部に入りました。高校の授業で習った源氏物語に引かれて、平安時代の装束や建物、文化に興味を持っていたのです。でも、そうした研究はなかなかできなくて(笑)。というのも、1年生の演習に平安時代をテーマにするグループがなかったのです。2年生の時に、ようやく平安時代の文学を読むプレゼミに入ったのですが、自分が想像していた学びとは少し違いました。それで方向転換して、大学の第2外国語の授業で学んでいた韓国語を生かしたいと考えて、近代史の研究をしました。

進路の転機になったのは、大学4年生のときに、特別展「縄文―1万年の美の鼓動」(東京国立博物館、2018年)を見に行ったことです。かなりにぎわっていて、海外の人もたくさん見に来ていました。特に、国宝の展示室は、本当に人が多くて。そこに、私が子どもの頃からなじみのある、考古館の「縄文のビーナス」が展示されていました。それで「こんなに注目されてるんだ」と驚いて、この素晴らしさを地元にもっと伝えたいと思ったのです。

実はそのとき、すでに就職活動中で、茅野市役所を受けていました。それで、市の職員になれたら、何かしらの形で発信ができるのではないかと思いました。面接でその話をしたら、最初から考古館の配属にはならないだろうと言われたのですが、結果的には、1年目から考古館勤務になれて、うれしい驚きでした。新入庁で考古館に配属されるのは、十数年ぶりだそうです (笑)。

縄文の知識はゼロからのスタートでしたが、1年目の夏から、子ども向けの解説を担当しました。魅力を少しでも伝えるにはどうしたらよいだろうと、よく考えますね。独りよがりな解説にならないように、3択クイズを用意して問いかけるなど、参加型の解説を目指しています。小・中学生が多く、高校生も時々いらっしゃいます。茅野市の公立学校の多くは、毎年1回は見学や体験学習に来ますし、市外や県外の学校も多いです。

小学生は、質問を活発にしてくれる子が多くて、そうした触れ合いはすごく楽しいですね。一般の来館者には、私よりずっと詳しい方もたくさんいらっしゃるので、勉強させてもらうことがあります。大きな博物館に比べると、私たち職員に質問しやすい環境だと思います。

茅野市は「茅野市縄文プロジェクト」を進めており、「縄文科学習」というプログラムの一環として、私たち考古館の職員が地元の学校に出向いて、作品を解説したり、土鈴作りや土器作りの体験を提供したりすることもあります。土鈴というのは、ギョーザのような形で、中に土の玉を入れ、裏側に穴をあけて焼いた物で、カラカラと音が鳴ります。用途ははっきりとはわかりませんが、おもちゃのように音を楽しんだり、祭りの道具として使ったりしていた可能性もあります。学校で子どもたちが土で作ったものを考古館に持ち帰り、「青少年自然の森」にある窯で焼いて完成させるのです。また、市内の小学5年生は例年、このプロジェクトが行っている「縄文検定」の初級を受けます。

茅野市尖石縄文考古館の展示スペース
© 茅野市尖石縄文考古館
古代にタイムスリップ!

―コロナ禍以前は、地域の縄文遺跡をめぐるツアーも開催していたのですね。

ええ。考古館の職員が解説をしながら遺跡を巡るバスツアーです。茅野市内には縄文の遺跡が、なんと200か所以上あります。どこもかしこも遺跡という状態で(笑)。その多くは「縄文のビーナス」と同じ縄文時代中期のものです。その頃は平均気温が今よりも高く、この地域は動植物が豊かで、今も近くに川がありますが、当時から水も豊富で、人口の多い一大都市だったようです。また、この地域は黒曜石が採れることでも知られ、近くの冷山つめたやまはその一大産地でした。諏訪地域で採れた黒曜石で作られたやじりが、北海道や青森まで運ばれていたようです。

実はこの考古館自体、遺跡の上に建っているのです。両隣も遺跡で、尖石遺跡と、縄文時代の竪穴住居が復元されている与助尾根よすけおね遺跡があります。バスで10分ほどの場所には、「仮面の女神」が出土した中ッ原なかっぱら遺跡があり、出土した場所にレプリカが置かれていて、出土状況が再現されています。そこからまたバスで10分ほど行くと、「縄文のビーナス」が出土した棚畑たなばたけ遺跡があります。今は工場になっており、出土した場所は見学できませんが。

―縄文時代には、この地域は大都市だったわけですから、遺跡の上に家や工場が建つことも多いのですね。

そうですね。今でも、「私の畑からこんなものが出てきた」と、考古館に持って来てくださる方もいらっしゃるぐらいです。茅野市には遺跡分布図があり、家や会社などを建てるときには、まずその周辺が遺跡に該当するかどうかを、市の文化財係が確認することになっています。該当する場合には、発掘調査が行われるのです。今ちょうど、市内の小・中学校が建て替えの時期に入っていて、発掘が行われています。主に、弥生時代の住居跡が出土しています。

茅野市尖石縄文考古館の土偶の展示
© 茅野市尖石縄文考古館
夢は土偶とともに海外へ

―考古館に勤務されて3年目とのことですが、今持っている夢はありますか。

国宝のある博物館で働く経験は、本当に貴重だと思います。私はまだ国宝の展示作業に加わったことがないので、これからもっと学んで携わりたいというのが、夢のひとつです。「縄文のビーナス」は専用のきりの箱があって、それに入れて運びます。大学の実習で仏像の梱包こんぽうをしたことがありますが、プロの運送会社の方たちの手際を間近で拝見すると、全然違うなとびっくりしますね。また、当館の国宝の土偶は、過去にフランスやイギリスで展示されたこともあって、私よりも海外経験が豊富です(笑)。コロナが収まったら、そうした機会にはぜひ、同行したいですね。

それと、大学時代に学んだ韓国語を生かして、当館の各国語のパンフレットに韓国語版を追加作成したのですが、コロナ禍で日の目を浴びていないのが悲しくて。コロナが終わったらぜひ、海外の方にも来ていただきたいです。

◇ ◇ ◇

両角優花・ 茅野市尖石縄文考古館学芸員(鮫島圭代筆)

縄文時代の遺跡がそこかしこに点在する茅野市。夏には「女神のクールビズ」と題したクールビズを行っており、期間中の毎週火曜日には、職員が国宝の土偶をモチーフにした「縄文ポロシャツ」を着用しているそうです。また、国宝の土偶のモチーフは、名称以外は企業が自由に使用でき、考古館の売店にはさまざまなグッズが並んでいるとか。古代に作られた土偶が時を超え、今も広く親しまれているのですね。みなさんもぜひ、両角さんのお話を参考に、土偶や土器の魅力を再発見してください。

【両角優花(もろずみ・ゆか)】1996年、長野県生まれ。同志社大学文学部文化史学科卒。2019年、茅野市役所に入庁し、茅野市尖石縄文考古館へ配属となる。考古館勤務3年目。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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