2020.10.15

青い日記帳「障壁画の豪華さと茶器の繊細さ―桃山文化の二面性を味わい尽くす」下

桃山文化は、南蛮文化の影響を忘れてはならない。「泰西王侯騎馬図屏風」(江戸時代・17世紀)はイエズス会が宣教活動の一環で展開した西洋絵画教育を受けた画家による作品と考えられている(写真は中村剛士さん提供)

「上」から続く

南蛮人がもたらした異国文化

桃山文化は前述の通り、仏教色が極めて薄いのが特徴であり、戦国大名や豪商の財力により花開いたものであることは確かですが、それだけでは理解が不十分だと思われます。そこに南蛮文化の影響も加えなければなりません。

カトリック教会に属するイエズス会のキリスト教宣教師によって初めて西洋文化がもたらされたのも、この時代です。

南蛮人たちはたばこなどの生活文化から、天文・地理・医学・活版印刷術など、実に様々なものをもたらしました。今でも「テンプラ」「カルタ」「ジュバン(襦袢)」といった多くの外来語にその一端を見ることができます。

美術の世界でも画題に変化が生じ、「南蛮屏風びょうぶ」や、今の世界地図とほとんど変わらぬ「世界図屏風」などがこぞって描かれました。聖母マリアが描かれた重要文化財「花鳥蒔絵まきえ螺鈿らでん聖龕せいがん」(九州国立博物館)は、和と洋が一体となって完成したこの時代を代表する美術品です。

重要文化財 花鳥蒔絵螺鈿聖龕
安土桃山時代・16世紀
九州国立博物館蔵
前期展示(11月1日まで)

ちなみに、前回(上)で紹介した『信長公記しんちょうこうき』の他にも、イエズス会宣教師のルイス・フロイスが記した『日本史』なども、桃山時代の様子を今の時代に伝える貴重な資料となっています。

さあ、「桃山展」へいざ出陣!!

約230件の優品から成る一大展覧会なので、軽い気持ちで見に行くことは禁物です。いつもなら自由に好き勝手に作品を見て構わないと思いますが、今回ばかりは、展示の流れに従い、戦国大名の城に招かれたように気分を高揚させながら拝見しましょう。

派手さの裏に潜む高い精神性、そして南蛮文化の影響。刀剣や甲冑かっちゅうなどの武具も見応えたっぷりです。日本美術史上に燦然さんぜんと輝く桃山文化の粋を集め、室町時代の終わりから江戸時代初期までの約100年を通し、文化がいかに成熟し、変遷していったのかを目の当たりにできる贅沢ぜいたくこの上ない展覧会です。

左は独眼竜こと、伊達政宗から家臣の菅野正左衛門重成が拝領したと伝わる「紺糸威五枚胴具足」(安土桃山~江戸時代・16~17世紀)

1347年に端を発し、ヨーロッパ全土で猛威をふるったペスト。当時の全人口の3分の1が亡くなったとされています。恐怖におののく人々は、こぞってカトリック教会が発行する免罪符を買い求め、教会の堕落を招いたことは世界史でも学びました。

結果的にそれが引き金となり、宗教改革が起こります。危機感を持ったカトリック教会がヨーロッパ以外の国に目を向け布教を開始するまでに、さほど時間を要しませんでした。イエズス会のザビエル(重要文化材「聖フランシスコ・ザビエル像」も「桃山展」で見られます)が日本に初めてキリスト教を伝えたのが1549年です。

歴史は偶然性の連続で成り立っています。もしペストが蔓延まんえんしなければ、桃山時代に南蛮人がやってくることもなく、桃山文化も様相を異にしていたはずです。翻って現代。新型コロナウイルスが終息せずに、多くの人を苦しめています。

美術館や展覧会もその例外ではなく、厳しい状況下にあります。そんな中、多くの人の努力により成立した「桃山展」。事前予約制を採用していますが、そのおかげで、余裕とゆとりをもって優品と向き合うことができます。

「桃山展」へ、いざ出陣です!!

「桃山―天下人の100年」公式サイトはこちら

中村剛士

プロフィール

ライター、ブロガー

中村剛士

15年以上にわたりブログ「青い日記帳」にてアートを身近に感じてもらえるよう毎日様々な観点から情報を発信し続けている。ウェブや紙面でのコラムや講演会なども行っている。著書に『いちばんやさしい美術鑑賞』『失われたアートの謎を解く』(以上、筑摩書房)、『カフェのある美術館』(世界文化社)、『美術展の手帖』(小学館)、『フェルメール会議』(双葉社)など。 http://bluediary2.jugem.jp/

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