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2022.10.28

【和をつなぐ 一座建立の茶(下)】 「和敬清寂」時を超え

読売新聞大阪発刊70年 特別展「みやこに生きる文化 茶の湯」

プログラムの受講者に炭や灰に触れてもらいながら、茶の湯の精神を説明する岩本さん(右から2人目)(東京都江東区で)=青木瞭撮影

若者も関心「自分見つめ直す」

<日常生活の俗事の中にある美への崇拝に基づく儀式>

明治末期の1906年、日本美術の発展に尽くした岡倉天心は、英語で刊行した「茶の本」で茶の湯の精神をこう紹介した。欧州各国でも訳され、日本人の美意識が広く知られるきっかけとなった。以来、茶の湯は和を代表する文化として、外交の舞台を彩ってきた。

9月に96歳で亡くなった英国のエリザベス女王は1975年5月、京都・桂離宮を訪れ、野点のだてを体験した。「英国のティーと日本のティーが一緒になりました」。抹茶を堪能した女王は、もてなした当時の裏千家家元・千玄室さん(99)にこう声をかけたという。

83年に来日したレーガン米大統領夫妻を中曽根康弘首相が東京・日の出町に所有していた山荘に招き、自ら茶をててもてなしたことも、よく知られている。ロン、ヤスと愛称で呼び合う関係を強化した。

日本が世界に誇る茶の湯だが、近年、茶道人口の減少とともに、高齢化が顕著になっている。茶をたしなむ人はこの四半世紀で、70歳以上が1割から3割に増えたのに対し、10~40歳代は6割から4割に減った。

若者に親しんでもらおうと力を入れる自治体もある。京都市は今年度、茶道教室の師範らが講師となり、市内の全小学校で茶道を体験してもらう事業を始めた。千利休を生んだ堺市では今年度、コロナ禍で点前てまえを披露する機会が減った大阪府内の高校の茶道部に、文化観光施設「さかい利晶りしょうもり」の茶室を無償で貸し出している。

海外にも広がる精神 
 茶の湯は明治以降、国際的な広がりを見せる。裏千家十一代家元の玄々斎は明治5年(1872年)の京都博覧会に際し、海外の人にもイスとテーブルで茶を楽しんでもらう「立礼りゅうれい」というスタイルを考案。戦後は各流派が海外に支部や協会を作り、裏千家では昨年4月現在、世界37か国・地域の112か所に上る。
 海外での展開に一役買ったのは、わび茶の「見立て」という精神だ。千利休は、井戸で水をくむつるべを水指みずさしとして使うなど、本来は茶道具ではない日用品も、美意識にかなえば茶に用いた。どこでも誰でも工夫次第で茶を楽しむことができ、茶の湯の豊かさを表すものでもある。

9月下旬、東京都内に設けられた茶室に、30歳前後の起業家3人が集まった。月1回、計10回の予定で茶の湯の精神や作法を学ぶプログラムで、この日のテーマは「火・炭・灰」。講師が火をおこす様子を見ながら、茶会の亭主は1か月も前から炭を洗ったり、天日干ししたりすることを教わった。

企画するのは茶道家の岩本涼さん(25)だ。小学生の頃からお茶の稽古に通った岩本さんは4年前、大学在学中に茶葉の生産、商品の開発・販売を行う会社を起業。そして昨年末から会社の事業として、プログラムを始めた。一わんの茶をおいしく飲んでもらうためにあらゆる心を尽くす精神は、顧客の思いをくみ取るビジネスにも通じると考えたからだ。

松下幸之助や阪急電鉄を創業した小林一三ら、茶の湯をたしなんだ経営者は少なくないが、今の時代、若いビジネスマンの間でも関心が高まっているという。プログラムは数十人が受講。岩本さんは「忙しい中でも立ち止まって自分を見つめ直す時間になっている」と語る。新たな発想や視点が生まれてくると感じる人は多いという。

◇  ◇  ◇

茶の湯の精神は「和敬清寂」の4文字に集約される。和やかな心、敬い合う心、清らかな心、動じない心――。400年以上、利休の茶を伝えてきた三千家さんせんけでは「四規」として、最も大切にしている。

三千家の一つ、武者小路千家の家元後嗣、千宗屋さん(46)はその本質を「自分と向き合い、相手の身になって考えるというシンプルなこと」とみる。「自分さえよければいいという自己完結的な時代だからこそ、もっと必要とされるべきものではないか」

茶の湯の心は、時を超えて息づいている。

   

重要文化財「色絵鱗波文いろえうろこなみもん茶碗ちゃわん
◇野々村仁清にんせい作 北村美術館蔵

重要文化財「色絵鱗波文茶碗」
特別展「京に生きる文化 茶の湯」通期展示

茶碗の外側に上薬が流し掛けられ、その余白に緑や青、金彩で三角の鱗文うろこもんが大小重ねて描かれている。江戸時代前期の京焼の名工・野々村仁清による色絵茶碗。優美で端正な姿に、ろくろきの正確な技術がうかがえる。

明治以降、茶の湯を楽しみ、茶道具を収集する財界人が増え、近代数寄者すきしゃと呼ばれた。その一人、実業家で茶人だった北村謹次郎が収集したのが本作だ。

(2022年10月4日付 読売新聞朝刊より)

特別展「京に生きる文化 茶の湯」
(京都国立博物館)
公式サイトはこちらから

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