日本人は漆を古くから利用してきた。縄文時代には、主に接着剤として。その後、特有の光沢と耐久性のある塗装材料として建造物や工芸品に用いられてきた。漆や漆器の長期にわたる需要減少、近年の「国産漆」の供給不足など課題はあるが、その美しさや手触り、素材の持つ奥深さは多くの人を魅了し続けている。
作品がイタリアワインのラベルのデザインに採用されるなど、国際的に注目を集める京都市在住の漆芸家、浅井康宏さん(41)=写真=は、故郷の鳥取県で育てる“自家製”漆を使う珍しい存在だ。
国産漆の自給率が10%に満たず、多くを中国からの輸入に頼っているという事実に驚き、20年前に祖父母の梨畑を漆のために転用したのが始まりだ。「もし、貿易の問題で漆の入手が難しくなっても、自分の漆があれば安心」と話す。
1300年が経過しても美しさを保つ正倉院の宝物に、敬意を示す姿勢でもある。「漆は紫外線以外に溶かすものがないぐらい強い塗料で、下地の材料としても優秀。昔の人もそれを確信した上で、見えないところも手を抜かずに作っている。僕も1000年後に今の状態で見てもらうため、日本の漆を使っている」
一方、国産漆は値段が高く、供給量も少ないため、多くの漆器には中国産漆が使われている。その現状を「国産、中国産とも漆の成分に極端な差はない」と、ただちに否定しない。採取時期や産地にかかわらずまとめて輸入される中国産の方が、品質が均一化して使い勝手が良いとも言える。「日本産は採取時期や年、産地によって個性が異なる。その個性をうまく引き出す必要があるのが、良さでもあり弱点でもある」
漆芸に魅了されたのは高校時代。蒔絵の人間国宝、室瀬和美さんに憧れ、2005年に弟子入りした。蒔絵とは、漆で模様を描いた上に、金粉をまく技法。接着力があり、かつ固まるまで時間がかかる漆の性質を利用した技法で、濃淡や立体感を付けながら輝きを自在に表現できる。
浅井さんの作品、蒔絵螺鈿箱「太陽」は、蒔絵に加え、細かく刻んだ貝殻を貼る螺鈿、金属の板金を貼る平文の技法を組み合わせている。こうした加飾のみならず、つややかに光る漆黒の面に目を奪われる。「このツヤを上げていくのが難しい。少しの凹凸でも光の屈折でたわんで見える。何度も、漆を塗り、漆用に焼き上げられた炭で研ぐことによって平らになる。先人の知恵が高い精度で伝わっています」。漆芸の文化に感謝している。
(2024年12月1日付 読売新聞朝刊より)
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