日本人は漆を古くから利用してきた。縄文時代には、主に接着剤として。その後、特有の光沢と耐久性のある塗装材料として建造物や工芸品に用いられてきた。漆や漆器の長期にわたる需要減少、近年の「国産漆」の供給不足など課題はあるが、その美しさや手触り、素材の持つ奥深さは多くの人を魅了し続けている。
今年〔2024年〕は、「日光の社寺」(栃木県日光市)が、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で「世界遺産」と認められて、ちょうど25年。日光東照宮の修理にも、漆は重要な役割を果たしている。
東照宮の中でもひときわ目を引く国宝、陽明門。金箔に彩られた荘厳なこの門は2013~17年の修理の際、600キロもの漆が使われた。修理に携わった佐藤則武さん(75)は「ウルシの木にして3000本。まさに縁の下の力持ちで、黒漆が金の輝きを引き立てている」と語る。
漆は屋根に至るまで全体の下地として門を強固にするとともに、金箔の接着にも使われ、金具で覆われた部分にも塗られている。漆は紫外線には弱く経年ではがれていくが、覆われた部分に漆を塗った当時の状態が保存されれば、将来の修理に生かされるためだ。佐藤さん自身も古文書をひもとき、江戸時代の材料や技法を継承してきた。
2007年から、日光の社寺の修理には国産漆だけを使うようになった。一時期、中国産と混合した漆が使われてきたが、「74年前に国産漆で修理され、朱漆が鮮やかに残っている門がある。それを見て、日本の気候に合う日本の漆を使うべきだと思った」と佐藤さん。漆掻きの文化の維持や、国産漆を塗る技術の継承も念頭にあった。文化庁も15年に、国宝や重要文化財の建造物の修理には国産漆を使うよう通達を出した。
漆は高い湿度や適当な温度がないと固まらず、天候に左右される建造物の修理は高い技術を要する。佐藤さんが所属する日光社寺文化財保存会は16年、文化財保存に欠かせない伝統技能を受け継ぐ「選定保存技術」の保存団体に「建造物漆塗」の分野で認定された。22年には、佐藤さんが個人で認定された。「江戸の人もこんな苦労をしていたのかなと考えながらやるのが楽しい」と佐藤さん。技術指導で全国の社寺を訪れたり、漆の品質を見極めに岩手県へ赴いたりと、今なお奔走している。
(2024年12月1日付 読売新聞朝刊より)
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