日本が世界に誇る伝統の技と心が、全国各地で脈々と受け継がれ、前途有為な人材が育っている。郷土芸能を取り入れて海外に魅力を発信する太鼓芸能集団や、日本の古典芸能の担い手を育てる養成所、長い歴史と高い技術をもつ漆器文化を支える人たちを取材し、現場の生の声を聞いた。
伊勢神宮や日光東照宮など、歴史的な文化財の修復にも使用される貴重な国産漆。その約8割を占める岩手県二戸市の浄法寺地区でも、漆生産に従事する職人不足が課題となっている。市は国の制度「地域おこし協力隊」を活用して確保策に取り組み、若い人材が育ってきている。
東京から移住した秋本風香さん(28)もその一人。ウルシの木から樹液を採取する漆かき職人として働きつつ、その道具を作る鍛冶職人の技も磨く。協力隊の任期終了後もこの地に残り、産地の伝統を未来につなげようと「二刀流」で奮闘する。

秋本さんは〔2026年〕4月中旬、夏の漆かきのシーズンに向けて、工房に入り、熱した鉄を金づちでたたいていた。熱し、たたき、冷ます――。ウルシの樹液採取で樹皮に傷をつける「かんな」の整形作業で、先端を缶切りのようにU字に曲げるため、厚さや強度を考えながら何度も繰り返す。「漆かきもしているので、道具をどう改良すればいいか考えられる」と、自身のメリットを語る。
両親とも建築士で、幼少から伝統工芸や美術作品に接した。高校でアートクラフト、大学では金属工芸を専攻し、特にひかれたのが漆だった。漆塗りの美しさに加え、原料の漆を生産する職人がいることを知り、「文化の先にさらに文化がある」と感銘を受けた。大学卒業後の2020年、二戸市の協力隊に応募し、漆かき職人の第一歩を踏み出した。浄法寺地区の漆かき職人は最盛期に約300人いたというが、今は高齢化や需要減の影響で40人ほどに減っており、未来を担う人材として貴重な戦力となっている。
一方、鍛冶職人の修業は22年から始めた。市によると、漆かきの道具は「かんな」のほか、ウルシの木の表面を平らにする「かま」や、樹液を採る「へら」などがあり、主な金属製の道具5種類すべてを作れるのは全国で1人、青森県
秋本さんは、その青森の職人と福島県いわき市にいる弟子、両人に師事し、浄法寺と往復しながら技術の習得に励む。「鍛冶職人と漆かき職人が近くにいれば、お互いに意見し、助け合うことができる。生産量アップにつながる」と手応えを感じている。二戸市も昨年、浄法寺の漆器製作工房近くに鍛冶の研修もできる工房を新設するなど、さらなる鍛冶師の育成に向けて力を入れている。(道下航)



能登半島地震や豪雨災害で打撃を受けた輪島塗をめぐり、若手人材の養成施設の整備に向けた議論が進んでいる。輪島塗製造販売の老舗「輪島屋
後継者確保の観点からは「若者が職人として独り立ちするための体制作りが必要だ」と提言する。現在、輪島塗の重要無形文化財保持者(人間国宝)などとして活躍する作家たちも、若手の頃には多くの商品を作ることで技術を磨いてきたという。「数をこなすことは職人として成長する上で大事なこと。景気後退で大口の注文が減る中、養成施設が修理などの機会も提供し、スキルを身につける場になれば」と、中室さんは語る。

養成施設を整備する以上、卒業後の進路も確保する必要がある。鍵となるのは「地域全体で若者を育てる視点」だ。生徒に授業だけではなく、工房の職人の作業を手伝いながら漆器作りの実践の機会を持ってもらうことを想定し、「幅広い人脈との交流が卒業後に輪島に定着することにつながる。職人以外にも輪島塗に関わる仕事は多く、進路を選ぶ際の指針にしてもらいたい」と期待する。
輪島塗には、若者がベテラン職人の指導を受け、数年間修業を行う「年季」という後継者育成の伝統がある。現在はこうした育成機能を持つ
石川県、輪島市、新聞社など官民連携で養成施設のあり方を議論する「基本構想実行委員会」は、「後継者確保」「魅力発信」「市場開拓」を3本柱に2025年度に策定された施設の基本構想に関し、具体化するための検討を始めた。中室さんも議論の土台となる検討事項を産地の立場から提案するワーキンググループに所属している。
実行委の初会合は4月17日に行われ、30年4月以降を目標とする施設の開設スケジュールも示された。中室さんは「ものづくりが好きな若者はいつの時代にも多い。輪島塗に目を向けてくれる体制と待遇を整えることが産地としての使命だ」と話していた。(多可政史)

石村智・東京文化財研究所無形文化遺産部長

文化財の世界では修理に必要な用具や原材料の確保が課題となっている。和紙製作に必要なトロロアオイなどの植物も栽培農家が減っている。修理に関わる人たちの後継者不足が続けば、工芸や芸能などの伝統継承への影響も大きい。
文化財保護に欠かせない人材の育成や環境整備を強化するため、文化庁は「文化財の
芸能の分野では近年、老舗三味線メーカーの経営危機が話題となった。コロナ禍で伝統芸能の公演が減ったことも影響した。高品質の三味線は伝統芸能の存続に不可欠だ。こうした問題意識から、幸いにも多くの人が支援を呼びかけ、営業は継続された。三味線と
東京文化財研究所もこの間、和楽器製作の映像記録に取り組み、一部は研究所のホームページでも公開している。伝統的な技術を後世に継承する「アーカイブ化」は、今後も重視していきたい。
文化財を下支えする技術や職人の存在を「可視化」して若い世代に伝える取り組みは地道ではあるが、非常に重要で、学校教育でも取り組むべきだ。民間企業の協力も欠かせない。伝統支援が企業価値を高めるという意識が社会に浸透することが望ましい。
(2026年5月5日付 読売新聞朝刊より)
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