人の手によって紡がれ、人から人へと伝えられてきた伝統の美や技は、デジタルとは縁遠い印象があるかもしれない。しかし、デジタルの持つスピードや拡散力は、伝統を担う現場の人材不足や発信力の弱さを補い、その魅力を幅広く伝えることもできる。「伝統文化×デジタル」は、大きな可能性を秘めている。
細かな装飾が施された貴重な美術品や公開機会の少ない仏像をじっくり見たい――。人々のそんな願いに応えるように、印刷大手「TOPPAN」(東京都文京区)が、デジタル技術を活用した文化財の鑑賞体験施設「デジタル文化財ミュージアム KOISHIKAWA XROSS(コイシカワ クロス)」を開設し、受け継がれてきた至宝の魅力を伝えている。
施設は昨年〔2024年〕7月、「過去と未来、人と文化が交差する、感性で楽しむ」を理念に、同社小石川本社ビル地下1階にオープン。同社が長年蓄積してきた文化財の形状や質感などの計測・撮影データを生かし、VR(仮想現実)作品の上映や、推定復元した美術品の展示などを行っている。
入り口には、デジタル文化財の世界へ誘うような、鳥居型のLEDビジョンが設置されている。そこを抜けると、カーブした大型のLED(全長20メートル、高さ5メートル)を備えた「VRシアター」が現れる。
VR作品は、奈良県吉野町の吉野山中腹に立つ金峯山寺の蔵王堂(国宝)や、本尊の秘仏・金剛蔵王大権現立像(重要文化財)をデジタル技術で再現している。目の前に迫ってくるような生々しさだけでなく、建物の柱だけを際立たせるなどの演出で、貴重な文化財の理解を促す。
続くギャラリーには、尾形光琳作の国宝「八橋蒔絵螺鈿硯箱」などを紹介する7台の大型ディスプレーが並び、専用コントローラーを操作することで、箱の中や底など普段見ることのできない部分を楽しめる。最後は「将来の種まき」と位置付ける企画を紹介する部屋だ。現在は、焼失した可能性が高いとされる伊藤若冲の「釈迦十六羅漢図屏風」を、白黒写真を基にデジタル上で彩色して推定復元した作品や、その調査・制作過程を紹介している。
同社文化事業推進本部の岸上剛士課長は「文化財を後世につなげるために、多くの方にその価値を認識していただかなければいけません。様々な手法を通じて、その魅力を伝えていきたい」と語る。
施設の一般公開は土日と、土日に続く祝日のみ。入館は印刷博物館のホームページから、事前予約をする。料金は高校生以上500円、中学生以下、70歳以上は無料(別途、印刷博物館入場料が必要)。
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デジタル技術を使い、奈良・正倉院に伝わる宝物の魅力に迫る没入型の展覧会「正倉院 THE SHOW―感じる。いま、ここにある奇跡―」(読売新聞社など主催)が6月14日~8月24日、大阪市中央区の大阪歴史博物館で開かれる。見どころの一つが、「TOPPAN」の技術を生かし、臨場感あふれる手法で宝物を味わうことのできる新たな鑑賞体験だ。
同社は、2019年から宮内庁正倉院事務所とともに宝物のデジタルアーカイブ(データのデジタル記録保存)を進めている。本展では、このデータを生かして、肉眼では捉えにくい細部や風合いを綿密に再現した映像を制作し、大スクリーンで上映する。
映像には、動植物が象牙細工であしらわれた碁盤「木画紫檀碁局」などが登場する予定。アーカイブ作業に携わる同社文化事業推進本部の栗原健課長は「(木画紫檀碁局は)写実的というより、キャラクター化されたような要素もあり、大きな驚きがある。一つの発見があると、ほかにもあるのではないかと思って見入ってしまう。そんな気付きをわかりやすく提示したい」と声を弾ませた。
展覧会は9月20日~11月9日、東京都台東区の上野の森美術館に巡回する。
(2025年4月6日付 読売新聞朝刊より)
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