人の手によって紡がれ、人から人へと伝えられてきた伝統の美や技は、デジタルとは縁遠い印象があるかもしれない。しかし、デジタルの持つスピードや拡散力は、伝統を担う現場の人材不足や発信力の弱さを補い、その魅力を幅広く伝えることもできる。「伝統文化×デジタル」は、大きな可能性を秘めている。
日本のものづくりの技術を海外向けの動画でアピールしているのが、2022年に京都市で20代の若者たちが起業した「水玄京」だ。工芸品などの制作過程に迫った様子をユーチューブで公開。職人の技とひたむきな姿が支持を得て、チャンネル登録者数は約50万人、全動画の総再生回数は約2億2000万回に及ぶ。
今年〔2025年〕3月中旬、京都市の西陣織製造「織よし」で、撮影が行われていた。5台のジャカード機(織機)が所狭しと置かれた工房で、伝統工芸士の岡本義一社長が「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を描いた「織物額」を制作。金銀の箔を貼った和紙を織り込む「引箔」という技法で、光沢のある織物を作り上げていく。その様子を3台のカメラでとらえていたのは、「水玄京」の柴田実副社長(27)。「最初は2、3人で撮影していましたが、一人でできるコツをつかみました」と笑う。それが、世界中の人々へ届いている。
職人たちの姿を動画で海外へ発信する取り組みは、角居元成社長(27)のアイデア。角居さんと柴田さんは留学先のイギリスの高校で出会い、それぞれ会社勤務を経て起業した。角居社長は小さい頃からものづくりに興味があり、一時は宮大工になりたいと思っていたが、工芸業界が衰退していく現状を見て、手助けができる仕事を考えたという。
水玄京のユーチューブチャンネルには、「銀器を10万回叩いて制作する」「畳を原料のイグサ収穫から密着」といった数百の動画が公開されている。職人の真剣な表情、熟練の技をとらえた映像は美しく、作業の音も生々しく響く。
同社が目指すのは、あくまで海外。動画は日本からも見られるが、動画で紹介した作品の購入は海外からしかできない仕組みになっている。角居社長は「それぞれの工房は日本で既存の販売ルートがあり、そこを邪魔したくはない。動画を見た外国人観光客が工房を訪れるケースも多く、世界から日本の職人が注目を集める機会になればうれしい」と話している。
(2025年4月6日付 読売新聞朝刊より)
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