人の手によって紡がれ、人から人へと伝えられてきた伝統の美や技は、デジタルとは縁遠い印象があるかもしれない。しかし、デジタルの持つスピードや拡散力は、伝統を担う現場の人材不足や発信力の弱さを補い、その魅力を幅広く伝えることもできる。「伝統文化×デジタル」は、大きな可能性を秘めている。
デジタルは文化財を学ぶ教育現場にも取り入れられている。昨年〔2024年〕10月、学習院大や米ハーバード大など国内外の6大学で、貴重な仏像の超高精細データを共有しながら講義や質疑応答を同時進行で行う「8K文化財デジタルアカデミー」が実施された。
NHKと東京国立博物館などが共同で2020年から取り組んできた「8K文化財プロジェクト」の一環。3Dで計測し、形や寸法、質感まで正確に記録された文化財のデジタルデータをインターネット上に置き、各大学がそこにアクセスすることで、各教室で文化財の画像の向きや大きさを、コントローラーで自由に変えられるようにした。
当日は、奈良・法隆寺所蔵の救世観音と百済観音(共に国宝)を題材に、学習院大、大阪大、東京大、東北大、早稲田大、ハーバード大の日本美術史や彫刻史が専門の教授と学生たちが参加した。司会を務めた学習院大の皿井舞教授は、「救世観音は普段は秘仏として敬われており、このような大人数で間近に会するあり得ない機会を頂戴した」と、画期的な試みに謝意を述べた。
報道陣に公開された学習院大の教室では、縦型のモニターに観音像を映し出し、横長のスクリーンで各大学の様子を中継した。各大学の教授が国宝の特徴などをリレーで講義する中、それぞれの教室では観音像が異なる大きさ、角度で映し出されていた。観音像の手元の裏側など、実物ではお目にかかれない角度に、学生たちは関心を寄せていた様子だった。
ハーバード大のユキオ・リピット教授は、「今まで新しいテクノロジーを無理して美術史にあてはめている試みがあったが、このプロジェクトは、日本、世界の皆さんと同じ作品の画像を観察しながら、研究や教育を進めていける有効な装置になりうると思った」と語っていた。
(2025年4月6日付 読売新聞朝刊より)
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