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2025.11.21

【歴史ある楽器を守る 1】「鵜殿うどののヨシ原」を保全 -「篳篥ひちりき」作りに不可欠な収穫地

乃木神社で行われた管絃祭で雅楽を演奏する奏者たち(東京都港区で)=上甲鉄撮影

楽器は材料を確保し、職人が多岐にわたる工程を経て製作する。雅楽の楽器「篳篥ひちりき」に欠かせないヨシを古くから供給してきた大阪府高槻市では、持続可能な保全の仕組みを整える活動が始まった。一方、伝統ある邦楽を衰退させないよう、苦しい状況でも三味線製造に取り組む業者や、手軽に始められる三味線の開発を行う会社もある。邦楽器だけではなく、歴史ある洋楽器の保存に熱意を持つ人たちも活動を続けている。各地の動きをリポートする。

麦色の穂が揺れる「鵜殿のヨシ原」のヨシ
◎いずれも10月8日、大阪府高槻市で、大久保忠司撮影

宮中の儀式や神社仏閣の祭典などで披露される日本古来の雅楽。主旋律を演奏することの多い縦笛「篳篥ひちりき」に使われる植物のヨシは、大阪府高槻市にある「鵜殿うどののヨシ原」で長年収穫されてきた。しかし、生育環境の悪化などで、十分な量を確保できず、演奏者や収穫に携わる地元住民、高槻市や文化庁などが一体となった保全活動が始まった。

手入れされている左側は、ヨシがまっすぐに育っている。右側は他の植物の影響で、ヨシが倒れている

篳篥は、ヨシを削って作る吹き口「蘆舌ろぜつ」を竹の筒に差し、息を吹き込んで音を奏でる。年間約400本の蘆舌を作る雅楽道友会の新屋治さん(69)は、「鵜殿のヨシは硬さや厚さが息で振動させるのにちょうどよい」と語る。雅楽を演奏する宮内庁式部職楽部をはじめ、奏者のほとんどが鵜殿産のヨシを使用している。

10月初旬、4~5メートルに成長したヨシは、青々とした葉を伸ばし、先端には麦色の穂をつけていた。ヨシ原は約75ヘクタールの広さだが、手入れされているのは1%ほどで、蘆舌に使えるヨシはわずかしかとれない。

ヨシ原の維持管理を行う「上牧かんまき実行組合」組合長の木村和男さん(74)は、子どもの頃からヨシ原に携わってきた。「昔はヨシしかなかったが、今はいろいろな雑草に侵食されて、『ヨシ原』とは言えなくなっている」と肩を落とす。

木村和男さん

ヨシ原の維持には、刈り取りや火入れといった人による作業が必要で、2月頃に実施するヨシ原焼きのほか、春から夏にはヨシの生育を妨げないよう草取りが欠かせない。手入れされている区画では、まっすぐ上に向かってヨシが伸びるが、手が入らない場所では、ヨシにツル性植物が絡まり倒されていた。違いは一目瞭然で、手入れの必要性を物語っていた。

2020年、21年は新型コロナウイルスなどの影響でヨシ原焼きができず、22年に収穫できたのは約200本にとどまった。例年、宮内庁楽部に500本を届けてきたが、それさえまかなえなかった。危機的な状況に、有志が資金を出して手入れを始めたが、作業を継続していくことが課題となった。

今年6月、雅楽の普及・発展に取り組む「雅楽協会」と地元の維持管理団体、高槻市、オブザーバーとして文化庁と国土交通省が参加するコンソーシアムが設立された。来季からは定期的な除草作業が行われる。木村さんは「地域の宝であるヨシを、これからどう維持するかが重要」と語った。

一方、雅楽協会は、地元住民に雅楽の魅力を知ってもらおうと、演奏会の開催にも力を入れている。

製作過程
《1》蘆舌の材料となるヨシ。6センチごとに切っていく(写真は雅楽道友会の新屋治さん) 
《2》吹き口をコテで熱してひしぐ
《3》小刀で皮をはぎ、角を落として丸くする
《4》振動具合を調整するセメをつける
《5》竹管に差す部分に和紙を巻く
《6》完成。上部は、吹き口が開くのを抑えるため、演奏時以外につけるカバー。実際に息を吹き入れないと蘆舌の良しあしは分からないため、400本を完成させるのに、1000本ほど作る必要があるという
《7》 製作の過程(左から右へ)

実演家減 邦楽器売り上げ低調 - 職人の高齢化も
高齢化による実演家の減少や趣味の多様化に伴い、三味線や鼓などの邦楽器の売り上げは低調だ。全国邦楽器組合連合会の調査によると、1970年に販売された三味線は1万8000丁だったが、2017年には3400丁に減少した。日本芸能実演家団体協議会に加盟する団体の会員のうち、00年に2万2132人だった邦楽の実演家は、23年には1万804人に落ち込んだ。
一方、楽器製造に携わる職人の高齢化で、技術の継承も課題となっている。能楽や歌舞伎などの囃子はやしに使う小鼓や大鼓は、麻をより合わせた綱の「調べ緒」を張り、締め具合で音色を調節する。しかし、調べ緒を作る職人はごくわずかで、多く作ることはできない。合成繊維の調べ緒を使うことが増えているという。
「伝統芸能の殿堂」である国立劇場(東京都千代田区)では、邦楽の演奏会や、邦楽器奏者が伴奏する日本舞踊の舞踊会が数多く行われてきた。しかし、建て替えのため23年10月に閉場しており、邦楽関係者にとって貴重な発表の場が、失われた状態になっていることも痛手だ。
国は、邦楽器の製作技術の継承などが危機的な状況にあるとして、21年度から「邦楽普及拡大推進事業」に取り組んでいる。その一環として国がメーカーから三味線やことなど邦楽器を買い上げ、高校や大学の部活動やサークルに無償で貸し出す支援を続けている。

(2025年11月2日付 読売新聞朝刊より)

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