2022.2.14

【大人の教養・日本美術の時間】わたしの偏愛美術手帳 vol. 25-下 伊禮拓郎さん(沖縄県立博物館・美術館学芸員)

「朱漆巴紋牡丹沈金御供飯」

沖縄県立博物館・美術館(那覇市)の伊禮拓郎・学芸員へのインタビュー。今回は、琉球漆器の研究へと導かれた経緯や、琉球王国の文化財の復元事業の成果、そして、2022年に行われる琉球展の魅力をうかがいました。

沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)の外観(裏入り口、同館提供)
恩師との出会い

―琉球漆器の研究を始めた経緯を聞かせてください。

子どもの頃は「開運!なんでも鑑定団」「世界ふしぎ発見!」といったテレビ番組や、「インディ・ジョーンズ」シリーズ、「ハムナプトラ/失われた砂漠の都」といった映画が好きで、遺跡の発掘を通して歴史に触れる仕事をしたいと思い、考古学を志しました。大学受験を前に、鶴見大学(横浜市鶴見区)の文化財学科では、考古学のほか、美術、歴史、保存科学まで、文化財について総合的に学べることを知り、進学を希望しました。私は沖縄出身なので、沖縄の歴史に関する研究をしたいという思いもありました。入学後は、大学の敷地にある人工的な遺跡での発掘調査のほか、古文書の修理作業、X線撮影による文化財調査、薬品を使う保存処置、美術品の取り扱いまで、実践的に学びました。

今振り返ると運命的なのですが、私が入学した年に、漆芸の美術史研究がご専門の小池富雄とみお先生が鶴見大学に赴任されました。小池先生がその直前まで勤めていた、徳川美術館(名古屋市東区)の前館長、徳川義宣よしのぶ先生は、琉球漆器研究の先駆者です。その研究を間近に見てきた小池先生は、私が沖縄出身であることを知って、琉球漆器の研究をすすめられました。私が大学に入って3か月後の出来事です。こうして私は、考古学から方向転換して、それまで興味のなかった琉球漆器の研究に導かれたのです。

まずは漆とはどんな素材なのかを知るために、大学1年生の夏に初めて漆に触りました。お箸に漆を塗って、文様をつける作業を体験したのです。ところが当時の私は、漆はかぶれるということをよく理解しておらず、手袋もしていなかったので、手のひらが水ぶくれになり、最終的には体全部がかぶれ、ミイラのように包帯を巻いて大学に通うはめになって(笑)。ですが、このときに免疫がついたのか、その後はほとんどかぶれなくなりました。

偶然にも当時、蒔絵まきえの人間国宝・室瀬和美先生のご子息が大学院に在籍されていて、私たち後輩に実技を教えてくださいました。そうした経験のおかげで、3年生から始まった小池先生のゼミでは、作品のどこを見るべきかという勘所や、どのような技術で文様が表現されているかが、おおまかにわかるようになっていました。先生が調査した漆器の写真を見たり、博物館に行ったりしながら、琉球漆器はもちろん、日本の漆器や中国漆器まで漆器全般を教えていただきました。美術史だけではなく、初めから実技も学べたことは、研究するうえで非常に意義深かったです。

大学卒業後は、地元沖縄に戻り、沖縄県立芸術大学大学院の修士課程で2年間学びました。研究に役立つので、実技の学科にも週2、3日通いました。そして、2019年に沖縄県立博物館・美術館の学芸員になりました。

朱漆巴紋沈金御供飯(模造復元品)
失われた技術を取り戻す

当館では、「琉球王国文化遺産集積・再興事業」(2015年度~21年度)として、 絵画、石彫、木彫、漆芸、染織、陶芸、金工、三線さんしんという八つの分野で、100人以上の研究者や技術者の協力のもと、琉球王国の手わざ(モノづくりの技術)復元を行ってきました。

その成果である復元品は、ウェブサイト「手わざ 琉球王国の文化」で公開しています。また、この事業の集大成となる展覧会「琉球王国文化遺産集積・再興事業 手わざ -琉球王国の文化―」を、2020年に当館や県内離島など、2021年に九州国立博物館で開催し、2022年2月現在は、東京国立博物館と久米島博物館(沖縄県久米島町)に巡回しています。

沖縄では、明治以降の近代化や戦争で、人もモノも技術も大半が失われました。この事業の最大の意義は「手わざ」というタイトルにあるとおり、姿かたちを復元する以上に、失われたモノ作りの技術を取り戻すことだと思います。展覧会でも、復元品の展示だけでなく、失われた技術をどのように調査研究し、どのように復元して、どのような成果が得られたかまで、写真や動画も交えて紹介します。

かつて琉球の第一王子家・中城御殿にあった「朱塗御徳盆しゅぬりうとぅくぶん朱漆巴紋しゅうるしともえもん沈金御供飯ちんきんうくふぁん)」も復元したもののひとつです。原資料は失われ、戦前に撮影された写真のみが残っています。復元にあたり、先にご紹介した当館所蔵の「朱漆巴紋しゅうるしともえもん牡丹沈金御供飯ぼたんちんきんうくふぁん」を調査しました。形や文様がよく似ているからです。CTスキャンなどの技術を使って、「どのように木材を組み合わせて作ったのか」といったことを細かく検証したのです。オリジナル品の写真をよく見ると、うつわの上部と下部で、巴紋の模様の密度や葉っぱの表現が少し異なっており、上部と下部で、作った人や製作時期が違う可能性があることもわかりました。

―復元に携わった沖縄の技術者からはどんな反応がありましたか。

自分が関わった作品が各地で展示されることも含めて、喜んでいただいていると感じています。「今と昔では、美意識も技術も違う」という声もありました。例えば、「三御飾みつおかざり美御前御揃ぬーめーうすりー御酒器おんしゅき 金盃きんぱい」は、金盃の表面に点々模様が打ってあるのですが、整然とは並んではおらず、ランダムです。技術者からは「ランダムに打つ場合の正解がわからないので、整然と打つよりも難しい」と言われました。また、今回の復元事業を通して取り戻すことができた技術が、今後の沖縄の物作りに生かされていく可能性も期待されています。

万国津梁の鐘(沖縄県立博物館・美術館)
新たな沖縄ブームへ

―沖縄復帰50年を記念する特別展「琉球」が東京国立博物館 (2022年5月3日~6月26日)と九州国立博物館(7月16日~9月4日)で開催されますね。

約390件の作品が展示される、過去最大規模の琉球展です。復帰という近現代史的な出来事ではありますが、私たちの根幹にある「琉球」というアイデンティティーを知ってもらうことで、これから先の沖縄をともに考えていくきっかけになってくれれば良いな、と思います。一方、当館では、10月14日~12月4日に「琉球―美とその背景―」展を行います。東京国立博物館や九州国立博物館と共通する展示品もありますが、関連展という位置づけで沖縄会場のみで展示される資料も複数あります。戦争で多くの人・モノが失われましたが、県外には琉球の文化財が多く残っており、それらが今回、里帰りします。そうした宝物から、かつての王国文化に触れ、今後の沖縄を考えるきっかけにしていただけたらと思います。

―これを機に琉球文化に注目が集まりそうですね。

2022年のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」のテーマも沖縄です。ちなみに、その主人公は沖縄から出て横浜市鶴見区に住むという設定で、私は鶴見大学出身なので、どうしても縁を感じてしまいますね(笑)。

◇ ◇ ◇

伊禮拓郎・沖縄県立博物館・美術館学芸員(鮫島圭代筆)

伊禮先生の解説で、手わざ展や琉球展がさらに楽しめそうですね。沖縄県立博物館・美術館は、沖縄県最大の総合博物館で、博物館と美術館が一体化しているため、過去から現代までの沖縄の美術を一度に楽しむことができるそうです。美術工芸品だけでなく、多様なジャンルの展示が開催されているので、いろいろな発見ができそうです。

【伊禮拓郎(いれい・たくろう)】1994年、沖縄県南風原町生まれ。鶴見大学文学部文化財学科、沖縄県立芸術大学大学院修士課程を経て、2019年から沖縄県立博物館・美術館学芸員。担当した展覧会は、「朝薫ちょうくん踊り、順則じゅんそく詩う―琉球王国時代の偉人―」(19年)、「大嶺薫コレクション展」(20年)、「琉球王国文化遺産集積・再興事業 手わざ -琉球王国の文化ー」(20年から沖縄県立博物館・美術館、九州国立博物館ほか巡回。東京国立博物館では22年1月15日から 3月13日まで開催)、「復帰50年展『琉球―美とその背景―』」沖縄会場(22年10月14日~12月4日、沖縄県立博物館・美術館)。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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