2022.1.25

【大人の教養・日本美術の時間】わたしの偏愛美術手帳 vol. 23-上 村上佳代さん(文化学園服飾博物館学芸員)

「小袖 御所解文様」

「わたしの偏愛美術手帳」では、各地の美術館の学芸員さんたちに、とびきり好きな「推し」の日本美術をうかがいます。美術館の楽しみ方といった、興味深いお話が盛りだくさん。このシリーズを通じて、ぜひ日本美術の面白さを再発見してください!

今回お話をうかがったのは、学校法人文化学園付属の服飾専門博物館である文化学園服飾博物館(東京都渋谷区)の村上佳代・学芸員です。紹介してくださるのは、「小袖 御所解文様ごしょときもんよう」(文化学園服飾博物館蔵、南三井家旧蔵)。世界各地の服飾文化に造詣の深い村上さんならではの視点で、その魅力を解き明かします。

「小袖 御所解文様」
萌葱縮緬地 殿舎風景模様 白上げ・色挿し・刺繍
江戸時代後期(文化学園服飾博物館蔵、南三井家旧蔵)
きもの×源氏物語

―「小袖 御所解文様」の魅力をお聞かせください。

このきものに表されているのは、源氏物語の第8帖「花宴はなのえん」で、源氏が朧月夜おぼろづくよと出会うエピソードです。光源氏が花見の宴に参加したあと、恋しい藤壺ふじつぼの所に忍んで行こうとしますが、戸が閉まっていて会うことができません。偶然、別の部屋の戸が開いていて、そこでとても美しい女性に出会います。その人が朧月夜です。実は彼女は、源氏の政敵の姫君で、みかどに嫁ぐことが決まっていました。そんな2人が出会ってしまうのですね。やがて夜が明け、朧月夜は名前を明かすこともなく、扇だけ交換して別れます。そして、ひと月後に偶然の再会を果たします。のちに2人の仲が知られてしまい、光源氏は須磨に流されることになるのですが――。このように朧月夜は光源氏の人生を変えてしまう女性であり、のちには帝に非常に愛されます。私は、源氏物語に出てくる女性のなかで、華やかで奔放な一面もある朧月夜が一番好きですね。

このきものでは、満開の桜、殿舎、御簾みす檜扇ひおうぎなどの描写で、朧月夜と源氏の出会いを表しています。

-多くのモチーフが詰め込まれていながら、美しく調和していますね。

こうした表現ができるようになったのは、江戸時代前期の元禄時代頃に、友禅染ゆうぜんぞめの技術が誕生したためです。友禅染では、生地に線描きした下絵の上に「糸目いとめ」と呼ばれる細い線でのりを置き(糸目糊置き)、糸目の内側に色をつけて(色挿し)、模様全面に伏せ糊をして地染めをします。これにより細かな描写や色分けができるのです。江戸時代後期になると、さらに技術が向上して、源氏物語の複数の場面の描写を詰め込んだ友禅染のきものも作られました。

文化学園服飾博物館の外観(同館提供)
物語を豊かに表現

御簾が風にあおられている描写にご注目ください。春風がふわっと吹き込む様子を表すとともに、源氏と朧月夜の衝撃的な、いわば、事故のような出会いによる2人の心の高ぶりも表現しているのだと思います。また、あえて人物を描かないことで、かえって朧月夜の美しさを想像させます。2人が交換した檜扇の描写もロマンチックですね。左の袖の下の方には、家の門の「枝折戸しおりど」らしきものと、菊の花が咲く「菊籬きくまがき」が表されています。どこか、うら寂しい雰囲気で、のちに2人の関係が知られて、源氏が島流しとなるストーリー展開を彷彿ほうふつとさせます。

きものの地は、萌葱もえぎと呼ばれる緑色に染められています。日本の色の名前には、自然由来の美しいものが多いですよね。仮に、きもの地が青色だったら、この場面が寒そうに見えると思いますが、この緑色からは、寒くも暖かくもない、春の夜明けに生ぬるい風が吹いているような温度を感じます。このように模様や色合いからいろいろな想像ができるのが、このきものの魅力です。

このように古典文学などに登場するモチーフを散りばめた模様は「御所解ごしょとき文様」と呼ばれます。江戸時代後期に武家女性の間で流行し、模様を見て何の物語を表しているのか理解できることが教養の証しでした。「私がこのきものを着ているということは、源氏物語のあのお話を知っているのよ」という、今でいう「におわせ」ですね。

-このきものは、江戸時代を代表する豪商だった三井家に伝わったのですね。

江戸時代には、武家風のきもの、公家風のきものという定義があり、物語をモチーフにした御所解文様のきものは本来、武家の女性のきものでした。ですから、商家である三井家に伝わったことは不思議です。もしかしたら、どこかの武家が借金のカタに質入れしたのか、あるいは、三井家が武家の顧客のために作らせたのかなど、想像が膨らみますね。

「小袖 御所解文様」(部分)
世界の服飾から見た、きものの魅力

全体に表されている桜の描写をご覧ください。花にはピンク色をつけず、生地の白色のままで表していますね。こうした表現は日本に多く、浮世絵でも、人の顔に色を塗らずに紙の色をそのまま生かしたものがあります。一方、ヨーロッパでは、油絵は絵の具を重ねて描きますし、地の白を生かす場合にも、「脱染だっせん」といって、全体を染めてから漂白剤で色を抜きます。地の色を生かして模様を作るのは、日本をはじめ、アジアならではの感覚だと思います。

一部の桜は赤色や青色に刺繍ししゅうしたり、色を挿したりしていますが、このように現実とは違う色で表す装飾も、日本のきものは多いです。刺繍と色挿しを併用するのも、日本ならではで、ヨーロッパでは刺繍なら刺繍だけを施すことが多いと思います。青や赤など異なる色を入れるのは、きものが平面的なつくりであるため、描写に奥行きを持たせる狙いもあったと思います。

腰のあたりには波が描かれていますが、これは日本の伝統的な波模様のひとつです。点々で水しぶきを表している箇所もありますね。水には本来、色も形もありませんが、日本は海に囲まれる島国ということもあり、水の表現が豊かで、葛飾北斎の浮世絵に描かれるしぶきをあげる大波もそうですし、渦を巻いた水を表す「観世水かんぜみず」という模様もありますね。そのようにさまざまな表情の水を捉える表現が豊かなのは、世界の染色や刺繍を見渡しても、日本独自の特色だと思います。

また、このきものでは桜や御簾など具象的な描写が多いですが、きものの模様は、写実的な描写と抽象的な描写を組み合わせていることも多いです。例えば、梅の花は「光琳梅こうりんばい」と呼ばれる、江戸時代の画家・尾形光琳の絵にならったデザインなのに、葉はとても具象的に描かれることがあります。そのように、具象と抽象を組み合わせるセンスも、日本ならではだと思います。

-きものの装飾では、四季折々の草花の表現も豊かですね。

ええ、日本人が季節感を大事にするのは現代でも変わらず、春になるとイチゴ味のお菓子が発売されたり、桜を見に行ったりしますよね。きものにも季節感が豊かに表現されていて、例えば、夏物のきものだと、地の色を白や水色にして見た目の涼しさを追求したりします。

また、実際に着て動くとどのように見えるかを想像しながら見るのも楽しいと思います。このきものを着ると、前面の左下の裾近くに扇がきて、おなかの下あたりには春風にあおられる御簾がきます。それが、背面の腰の下にくる御簾と呼応するデザインになっているのです。

◇ ◇ ◇

村上佳代・文化学園服飾博物館学芸員(鮫島圭代筆)

村上さんのお話をうかがいながら、きものの細部まで見ていく楽しさを味わっていただけたのではないでしょうか。実際に着た姿を想像するとさらに楽しさが広がりますね。次回は、村上さんが服飾の研究へと導かれた道のりや、世界の服飾をコレクションに持つ文化学園服飾博物館の魅力をうかがいます。

わたしの偏愛美術手帳 vol. 23-下に続く

【村上佳代(むらかみ・かよ)】静岡県生まれ。文化女子大学(現・文化学園大学)家政学部服装学科卒業。専攻は日本服装史。1996年から、文化学園服飾博物館に学芸員として勤務。これまで担当した展示に「衣服が語る戦争」「世界の刺繍」「ひだ-機能性とエレガンス」など。

鮫島圭代

プロフィール

美術ライター、翻訳家、水墨画家

鮫島圭代

学習院大学美学美術史学専攻卒。英国カンバーウェル美術大学留学。美術展の音声ガイド制作に多数携わり、美術品解説および美術展紹介の記事・コラムの執筆、展覧会図録・美術書の翻訳を手がける。著書に「コウペンちゃんとまなぶ世界の名画」(KADOKAWA)、訳書に「ゴッホの地図帖 ヨーロッパをめぐる旅」(講談社)ほか。また水墨画の個展やパフォーマンスを国内外で行い、都内とオンラインで墨絵教室を主宰。https://www.tamayosamejima.com/

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