能登半島地震は、伝統工芸の産地・北陸地方に大きな被害をもたらした。なかでも石川県は国指定の伝統的工芸品10種を含む多くの工房、職人が制作の場を失い、住む場所にも不自由を強いられている。唯一の生産者として伝統を守り継ぐ、七尾和ろうそくと能登上布は全国からの支援の注文に応えようと制作を再開した。壊滅的な打撃を被った珠洲焼、輪島塗は、展覧会を開催して健在をアピールし、危機を生かして再建へ歩み始めた。九谷焼の赤絵作家は、地震後に入門した若い後継者に未来を託す。官民の支援を支えに生産地の復活への長い道のりが始まった。
能登半島地震で甚大な被害を受けた輪島塗の作品展「WAJIMANOMIRAI 輪島の未来のために」が〔2024年〕4月、東京・日本橋三越本店で開かれた。輪島市の漆芸家、古込和孝さん(46)が呼びかけ、15業者が出展。木材から器の形を生み出す木地師や、金粉や銀粉で模様を描く蒔絵師、製品の企画制作を統括する塗師屋など、被災や置かれた状況がそれぞれ異なる人々が思いを一つにして参加した。
漆器製造販売の「わじま龍作」の池端龍司社長(56)は、自宅兼店舗が潰れ、自身は右肩を骨折した。「まだ痛みは残るが、この展示に参加できて前向きな気持ちになれた」と話す。木地師の辻正尭さん(41)は「お客様と触れ合い、温かい心に勇気づけられた。体が無事であれば何でもできる」と前を見つめていた。
「塩安漆器工房」は2月、輪島市でいち早く営業を再開したが、塩安康平常務(42)は「観光バスが立ち寄る店だったので、観光客が戻るまでどうしのぐか」と不安を隠さない。「坂口漆器店」の坂口彰緒さん(50)は、各地を巡回する作品展への反応が薄れていることを吐露し、「頑張っているところをもっと見てほしい」と呼びかける。
会場には、倒壊した家屋の下敷きになりながらも傷がなく、震災を乗り越えた漆器などが数多く並んだ。箸制作の「天野屋」は展示の呼びかけを受け、廃業を踏みとどまったという。また、蒔絵師の松木大輔さん(53)は震災後に新たに制作をして出品。季節に合う桜色の箱や杯がひときわ目を引いていた。
輪島漆芸技術研修所 入学生20人待機
重要無形文化財保持者(いわゆる人間国宝)らが講師を務める石川県立輪島漆芸技術研修所(輪島市)は、能登半島地震で水道などのライフラインが被災したため、現在も閉鎖中だ。月内にも復旧工事に着手する予定だが、研修再開のめどは立っていない。県外出身者がほとんどを占める研修生や講師の住まいの確保も課題だ。
3月に卒業予定だった14人の研修生は、市外に避難し、富山大学、金沢美術工芸大学などに受け入れてもらい、卒業制作を続けた。5月7日にようやく金沢市内で卒業式を迎える。会場の石川県政記念しいのき迎賓館では、卒業作品展「それでも うるしを つづけたい」(5月12日まで)を開き、技術者としての決意を新たに巣立つ。
新年度の入学生20人は、自宅などに待機して再開を待つ。泊まり込んで復旧にあたった村本潤也次長(59)は「1年でも2年でも待ちます、と言ってくれる人もいる。少しでも早く再開したい」。
(2024年月5日付 読売新聞朝刊より)
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