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2022.11.25

【魅せられて 茶の湯と私5】 「深い呼吸が重要 音楽も同じ」 指揮者 村中大祐さん 

村中大祐さん ©中村ユタカ

イタリアの歌劇場で指揮し始めた25年前のことです。指揮台に立つと緊張し、タクトを持つ手が震えるようになりました。

海外での生活が長くなり、日本らしさを失って自分がなくなっていくような感覚に悩まされていた頃でした。「自分の心に向き合いたい」と思い、出会ったのが茶の湯でした。

たまたま、茶道裏千家の教室がローマにあると知り、バチカン司祭にも教えていた野尻命子みちこさんに数年間学んだのです。

茶の湯で大切なのは、深い呼吸だと気づきました。呼吸のコントロールができていないと、一つの動作ですぐに息が上がります。主人の深い呼吸が場の空気を整え、一杯の茶を通して、客人に心の平穏を与える。

音楽も同じです。客席の隅々まで、渦のように音のエネルギーを回せるかどうか。そのためには、指揮者の深い呼吸が重要です。

茶道を始めて、悩みだった手の震えはぴたりと止まりました。息が深くなれば、観客や歌い手らを自分の側に引き寄せることができる。茶しゃくを指揮棒に持ち替え、その不思議な感覚を得たのです。日本人としての魂のよりどころを見つけ、次第に落ち着いたのだと思います。

現在、イギリス室内管弦楽団の国際招聘しょうへい指揮者などとして、国内外でタクトを振っています。英国にいても、日本にいても、毎日茶をてることにしている。自分とは何かを見つめ、原点に思いをはせる時間にしているんです。

昔、京都のらく美術館で、黒樂茶わんを鑑賞したことがありました。手びねりの簡素で落ち着いた造形は、音楽でも建築でもシンメトリー(左右対称)が基本の西洋文化とは違います。西洋の世界観にどっぷりとつかっていた私は、茶碗に非対称の美しさを見て、「日本人ってすごい」と強く感動しました。

海外にいると、日本人は自己評価が低いように感じます。「日本人はダメだ」と卑下する人も少なくないですが、自国の文化の素晴らしさを知れば、生きる原動力にもなると思います。

(聞き手・青木さやか)

村中大祐(むらなか・だいすけ) 京都市出身。55歳。東京外国語大卒業後、ウィーン国立音楽大などで指揮を学び、欧州を中心に多くの歌劇場やオーケストラと共演。2001年、出光音楽賞受賞。13年、横浜でオーケストラ「AfiA(アフィア)」を設立し、芸術監督を務める。新国立劇場などでも客演。

(2022年11月17日付 読売新聞夕刊より)

 

特別展「京に生きる文化 茶の湯」
(京都国立博物館)
公式サイトはこちらから

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