日本美を守り伝える「紡ぐプロジェクト」公式サイト

2022.11.25

【魅せられて 茶の湯と私4】「奥深さ 噺家の初心思い返す」 落語家 桂吉弥さん

落語家  桂吉弥さん

6年前から裏千家で茶道を学んでいます。きっかけは、落語会によく来てくださるお客さんから「とてもすてきなもんやし、一度、お茶飲みに来はりませんか」と誘われたこと。度胸がなくて友人と行ったら、お茶だけでなく、季節の趣向を楽しみ、お料理もいただく茶事でした。そこで「お茶って、人と一緒に空間を楽しむもんなんや」と知り、ぐっとひかれました。

この緋色ひいろのふくさ、きれいでしょ。塩瀬という生地の茶ぶくさで、古典落語の「崇徳院」に出てくるんです。

このはなしは師匠の桂吉朝に習いました。落語の稽古は言葉を復唱し、記号のように覚えるので、「緋塩瀬の茶ぶくさ」というのがどんなもんかわからへんかった。お茶の先生から「これですよ」といただき、イメージが膨らみました。大切にしています。

ほかにも、古典落語には「茶の湯」や「金明竹きんめいちく」「はてなの茶碗ちゃわん」など、お茶や茶道具が出てくる噺がたくさんあります。それまでも高座にかけてきましたが、茶道に出会い、しぐさや間をより細かく丁寧に演じられるようになった気がします。

「茶の湯」では、何一つ知らないご隠居さんと丁稚でっちが我流で茶会を開きます。抹茶の代わりに青きな粉を使い、泡が立たないのでムクの皮を入れる。菓子にはともし油を付けるなど、何もかもええかげん。入れ方も飲み方もむちゃくちゃだけど、茶の作法を正しく知っていた方が、「崩し」の面白さが表現できるんです。

教室では立ち座りや歩き方、お茶のいただき方など一つ一つを教わりますが、先生は「いろいろお稽古してますけど、1番はおいしいお茶を飲んでもらうことです」とおっしゃいます。季節に合わせた掛け軸や花、茶碗を亭主が準備するのもそのためです。

このことは、噺家としての僕の信条にも重なります。お客さんが僕の落語を聴いて「あー楽しかった」とか「めっちゃ笑った」とか「なんか涙出た」と思ってもらえたら。落語の稽古は、そのための空間作りなのです。

茶の湯を習い始めた6年前というのは、師匠の吉朝も大師匠の桂米朝も亡くなり、周りに師匠や先生と呼べる人がいなくなった喪失感を抱えた時期でもありました。

心のどこかで、厳しく教えてくれる人、お小言をくれる人を求めていた。だからでしょうか。お茶を習いに行くと、一から教わった入門当時のことを思い出します。そして、「落語はずっと稽古せなあかん」と初心に帰ります。

茶の湯も落語も奥が深い。これからも学び続け、いつか亭主になって茶事に人を招き、落語も1席聴いていただく、そんな会をしてみたいです。

(聞き手・渡辺彩香)

桂吉弥(かつら・きちや) 大阪府茨木市出身。51歳。1994年桂吉朝に入門。2013年度文化庁芸術祭賞優秀賞、14年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。15年から島之内教会(大阪市中央区)で落語会を主宰し、今年〔2022年〕は12月5~10日に開く。米朝事務所所属。 

(2022年11月11日付 読売新聞夕刊より)

 

特別展「京に生きる文化 茶の湯」
(京都国立博物館)
公式サイトはこちらから

Share

0%

関連記事