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2019.10.2

錦秋の奈良・大和路 正倉院宝物と現代のまほろばを訪ねて

「第71回正倉院展」と話題のスポット「きたまち」巡り

木々が色づく「芸術の秋」を迎えました。今年は、皇室が守り伝えたかけがえのない日本の美・正倉院宝物を、東京でも見られるスペシャルイヤーですが、やはり地元奈良で鑑賞してみてはいかが。錦秋の大和路へ足を運び、正倉院展で美を堪能した後は、路地裏に新しい店が続々誕生する今話題のスポット「きたまち」を散策してみましょう。

奈良と東京 専門家も驚く特別な宝物が目白押し

「奈良と東京、どちらの会場も超一級品が出ます。奈良に来て24年ですが、これほど充実した年はないと思います」。そううなるのは、奈良国立博物館の内藤栄学芸部長。今年で71回目となる同館の正倉院展は、例年より会期を3日間延長し、計41件の宝物を公開します(10月26日~11月14日)。

東大寺を創建した聖武天皇が756年に亡くなり、光明皇后が天皇の愛用品を東大寺の大仏に献納したのが正倉院宝物の始まりです。宝物は全部で約9000点で、大多数は東大寺の資材や行政文書、貴族らが献納したもの。現在は鉄筋コンクリートの宝庫に入れられ、天皇の「勅封ちょくふう」で管理されています。

「勅封は1200年以上続いています。雨も少なく乾燥した秋に『開封の儀』を行って宝庫を開き、点検や調査を行います。この間に展示するのが正倉院展です」と内藤さん。一度展示されると原則10年は出展されないといい「何年も続けて観覧しても、新たな宝物に出会えるのが正倉院展の魅力」と語ります。

奈良―天平の息吹に触れる

今回は天皇陛下の即位を記念し、正倉院の成り立ちを示すような宝物も並びます。内藤さんが注目するのは、「赤漆せきしつ文欟木ぶんかんぼくの御厨子おんずし」。飛鳥時代の天武天皇から代々受け継がれた、観音開きの扉がついたケヤキの戸棚です。「聖武天皇と光明皇后の結納の品や亡くなった皇子のことを書いた書、使っていたベルトなど天皇が大切にしていたものが収められていました。もっとも由緒のある厨子でしょう」と話します。

赤漆文欟木御厨子

鳥毛立女とりげりつじょ屏風のびょうぶ」は今回、20年ぶりに全6扇が展示されます。「女性の髪が白いのは、元々そこに鳥の毛を貼っていたから。色とりどりの山鳥の羽毛で、顔や着物を飾っていたようです」。羽根のほとんどは落ちましたが、微細な残片から日本の鳥であったことがわかっています。

「奈良時代の灰が残っているんですよ」と紹介するのは、「紫檀金鈿したんきんでんの柄香炉えごうろ」。「紫檀という東南アジアやインドでしか取れない貴重な材を使っています。おそらく中国で作られたのでは」。炉の部分には、当時使われて固まった状態の灰や焦げ目が残っており、「781年の光仁天皇のお葬式に使われたという説があります。そのままの状態で残っている。歴史を身近に感じませんか」

紫檀金鈿柄香炉
東京―信長があこがれた宝物も

東京国立博物館で開催される「御即位特別展 正倉院の世界―皇室がまもり伝えた美―」(10月14日~11月24日)には、螺鈿紫檀らでんしたんの五絃琵琶ごげんびわ黄熟香おうじゅくこう蘭奢待らんじゃたい)など教科書でもおなじみの宝物43件が登場します。「今回出る『国家珍宝帳』は、正倉院の宝物リストでいわば我々にとってのバイブル。正倉院宝物の始まりはこれにありで、とても大切なものです」と内藤さん。

蘭奢待は天下の名香で、織田信長が一部を切り取ったというエピソードが残っていますが……。「当時、天下人になると蘭奢待を切る取るのが一種のステータスだったようで、足利将軍も切片を受け取りました。信長は受け取った木片を勅使(天皇の使者)や家来の茶人たちにあげたようなんですよ。勝手に切り取ったわけではないんです」

黄熟香(蘭奢待)
1000年紡がれる心に思い

内藤さん、正倉院宝物の楽しみ方を教えて下さい。

「まずは、ただ『きれいだな』と純粋に美術品として楽しんでもらって」。宝物は仏様への奉納品で、宝飾品だけでなく食器や行政文書なども含まれます。「宝物を見ると、最高権力者の天皇から位の低い役人や僧侶まで、色々な立場の暮らしを知ることができます。香炉のように使ったままの状態で残っているものも多く、当時の人々の息づかいを身近に感じられるように思います」

宝物は高床式の倉庫の中で、機密性のいい唐櫃からびつに保管されていました。「唐櫃は当時のもので、足が付いているので床から浮いており、カビが生えない。防虫香もいれ、細かく記録を作って点検しながら、1000年以上も大切に守ってきた。発掘品だと、こんなにきれいに残りませんからね」。いにしえから紡がれてきた人々の営みに思いをはせるのも、正倉院展の醍醐味だいごみかもしれません。

博物館を出て奈良公園内を15分ほど歩くと、宝物を長らく守ってきた「正倉院」の正倉があり、平日は敷地内に入って外観を見学できます。

路地裏をたどる「きたまち」トリップ

令和最初の正倉院展を堪能した後は、現代のまほろば(素晴らしい場所)をたどってみましょう。

心ときめく店が集まるエリアとして、今注目されているのが、近鉄奈良駅の北側に広がる「きたまち」。正倉の真西には、奈良時代からの遺構である国宝の東大寺・転害門てがいもんが立ちます。門を過ぎると、きたまちの入り口。町歩きマップなどを作成しているNPO法人・文化創造アルカ理事長で編集者の倉橋みどりさんが案内してくれました。

国宝の東大寺・転害門。この外が「きたまち」です。案内人の倉橋さんはオフィスを構えるほど、きたまちにほれ込んでいるそう

最初に訪れたのは、門のすぐそばにある「向出むかいで醤油しょうゆ醸造元」。1879年(明治12年)創業で、大豆を蒸し、小麦を煎る工程から、木だるの中での自然発酵まで、昔ながらの製法で製造しています。「夏場は3日に1度、木だるをかき混ぜる」と6代目の向出明弘さんは言います。「とても優しい味で、どんな料理にも合います」と倉橋さんも薦める「本造り醤油 宝扇 濃口」(720ミリ・リットル、864円税込み)などは、店頭で購入できます。

店先では、濃い口や薄口のしょうゆからポン酢まで買うことができます

●向出醤油醸造元
奈良市手貝町22-1
電話 0742-22-2306
営業時間 8:00~17:00(不定休)

迷い込んだ先の聖地

「古民家で奈良のユニークな雑貨を買いませんか」。倉橋さんに誘われて、路地の奥へ奥へ――民家の離れ……をリノベーションしたお店にお邪魔しました。

路地の奥にある、民家の離れを使った「フルコト」「器人器人」の店舗。左の通路奥が入り口です

玄関で靴を脱ぎ階段を上がると、2階にあったのは編集者やイラストレーターら4人が運営する雑貨店「フルコト」。シカの格好をしたパンダのオリジナルキャラクターが出迎えてくれました。

民家の2階が店舗になった「フルコト」。店主らが見つけたり、作ったりした雑貨の一つ一つに引きつけられます
和歌山出身、奈良市在住の作家だんちのさんによる「鹿パンダ・だんちの ぱん吉」。ポストカードやクリアファイルなどのグッズが売られていました

「隠れ家も隠れ家、迷い込まないと来られません。奈良好きの聖地と言われています」と倉橋さんが言うように、万葉集やシカ、正倉院文様といった奈良らしいモチーフの文房具やカバン、インテリア雑貨がずらり。奈良好きのアーティストが手がけた品々が並びます。

店主の一人でライターの新井忍さんに人気商品を尋ねると、フルコトが制作中の奈良の寺社情報や歳時記を網羅した「奈良旅手帖」(2100円、税込み)をお薦めされました。「旅にこだわっているので、コインロッカーや銭湯の情報まで載せています。11月上旬に販売予定の人気商品です」。すでに予約が殺到しているそうです。

店主の一人でイラストレーターの上村恭子さんによる、光明皇后や持統天皇ら奈良時代の女性をモチーフにしたはがき(170円税込み)など

フルコトの1階には、器のセレクトショップ「器人器人きときと」が入っています。店長の岡本崇子さんが「気軽に、作家ものの器を」をコンセプトに8年前にオープンしました。「茶わんは2000円台から、レンジで使えるものも多いです。作家さんは30~40歳代で奈良の方もおられます。柔らかなトーンのものが好きで、ほれた作家さんのところに通って仕入れています」と語ります。

岡本さん(右)からオススメを聞く倉橋さん

きたまちには、若いアーティストも住んでいます。

その中の一人、漆芸家の阪本修さんは赤や黄色、青のカラフルでポップな漆の器を作っています。「明るい色で楽しい気分になってもらいたくて。漆ならではの肌触りの滑らかさも心地よいです」と語るシリーズは、カップ(3700円税抜き)や豆皿(2800円税抜き)など、普段使いしやすいものばかり。倉橋さんも愛用しているブローチ(3000円から)もあります。

ケヤキ材を使った阪本さんの器は、漆の中に顔料を混ぜ、乾かし方を工夫して個性的な色を出しています

●フルコト
奈良市東包永町61-2 2F
電話0742-26-3755
営業時間 11:00 – 17:00(定休日:火・水・木・金曜日が原則)
https://www.furukoto.org/

●器人器人
奈良市東包永町61-2
電話 0742-26-8102
営業時間 11:00~18:00(木曜定休)
https://kitokito26.exblog.jp/

●Urushi no Irodori(阪本修さん工房)
奈良市雑司町2-1
電話 0742-22-2953
※見学希望は阪本さんへ事前にメール(osamumeister@gmail.com)
http://www.urushi-no-irodori.com/

ルーツは遣唐使 スイーツにも万葉の香り

歩き疲れたら、甘い物はいかがでしょう。転害門の南にある「千壽庵吉宗 奈良総本店」では、店頭の茶寮でわらび餅やかき氷が頂けます。先代が集めていた古文書を参考に作ったという名物の「生わらび餅」(648円税込み)には、鹿児島産の甘藷かんしょでんぷんと国産の本わらび粉を使用。口に入れるとぷるぷると、弾力ある粘りを堪能できます。

生わらび餅

お土産には、近鉄奈良駅に近い「萬々堂通則」の「ぶと饅頭」(1個216円税込み)を薦められました。遣唐使が日本に持ち帰ったとされる唐菓子がルーツで、春日大社の神饌しんせん菓子(供物)の「ぶと」を模したアンドーナツです。倉橋さんは、上品な和三盆糖の干菓子「微笑」(1188円税込み)も気に入っているとのこと。「ツバキの花をあしらった箱もかわいいので大切に使っています」

ぶと饅頭
微笑

●千壽庵吉宗 奈良総本店
奈良市押上町39番地の1
電話 0742-23-3003(代表)
店舗営業時間 9:00~18:00(元日のみ休業)
茶寮営業時間 10:00~17:00(ラストオーダー16:30 定休日:水曜日、店舗都合の場合あり)
http://www.senjyuan.co.jp/

●萬々堂通則
奈良市橋本町34
電話 0742-22-2044
営業時間 9:00~19:00、木曜日10:00~17:00(木曜不定休)
https://www.manmando.co.jp/

いつか、きたまち

古い町家が所々顔をのぞかせ、住民らがあいさつを交わす、きたまち。商店主らが7年ほど前から街の活性化に取り組み、新しいお店も増えました。11月3日にはフリーマーケット「転害市」も開かれます。聖武天皇と光明皇后が寄り添って眠る陵墓もあり、正倉院展の後の散策にぴったりです。

倉橋さんは「地元では、喜びの多い『喜多きた』まち、いつか『きたまち』、また『きたいまち』の三つの思いを重ねて『きたまち』と呼んでいます。どこか懐かしさが漂い、ほかのエリアと比べてものんびりとしていて、まるで住んでいるかのように歩けます」と話します。

新しいものと古いものが混ざり合い、溶け合い、悠久の時が流れる奈良のまち。迷った先の出会いを楽しみながら、ぶらりと歩いてみてはいかがでしょう。

※文中の価格はすべて2019年9月の取材時のものです。消費税率引き上げ等で値段が異なる場合があります

(読売新聞紡ぐプロジェクト事務局 沢野未来)

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