江戸時代、能は武家の式楽とされ、江戸城での祝いの儀式では能が上演され、町人も招かれていたという。 2021年3月に行われる特別公演「祈りのかたち」は、江戸の行事の再現とも言える。「継承 祈りの舞」の第3回は、 能の歴史などについて、松岡心平・東大名誉教授(能楽研究)に聞いた。
能の源流は、奈良時代に中国から日本へ伝わった滑稽芸などの「散楽」です。それが「猿楽」として広まりました。猿楽師が寺の宗教行事に関わることもあり、天下太平を祈る現代の「翁」に通じる芸が生まれたのは、13世紀の終わり頃。室町時代に観阿弥・世阿弥親子が足利義満の保護のもと、謡や戯曲の形式を今に通じる形で整えて、大成しました。
能は、豊臣秀吉や徳川家康ら戦国武将に支持されます。彼らは見るだけでなく、自ら演じました。謡や囃子の力強いリズムが戦場へ赴く武士たちに力を与えたと考えられます。同時に、「修羅能」と呼ばれる武士の亡霊を成仏させる能が作られ、鎮魂の祈りという役割も能にはありました。
江戸時代には、朝廷が征夷大将軍を任命する将軍宣下や婚礼などがあると、江戸城本丸の能舞台などで能が上演されました。その初日には、町人を招いた「町入能」が行われました。朝と昼の2回公演で、各回2500人ずつ町人を招き、酒や菓子を振る舞い、褒美も出したといいます。町民が将軍に「親玉」と呼びかけるなど、無礼講に近い盛り上がりだったようです。
名主など選ばれた人が招待されましたが、能を見たり城内に入ったりの機会も少ない庶民にとっては特別な場だったでしょう。慶事を将軍から庶民まで、一緒になってお祝いをしようという興味深い施策です。今回の公演も江戸城という空間で行われるわけで、当時の町入能に近い気分が味わえるかもしれません。
(2021年3月7日読売新聞朝刊より掲載)
700年におよぶ能の歴史や世阿弥は何がすごいのか?など、能のAtoZを松岡先生にわかりやすく解説いただいた記事を、近日公開します。お楽しみに!
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